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「日本は2030年の排出削減目標を達成できない」~気候変動に対応するには、経済のファンダメンタルズは必要だが、それだけでは十分ではない~ (Richard Katz)

2022-10-17 22:14:59

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  「必要だが十分ではない」。このフレーズは、経済のファンダメンタルズと2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量をネットゼロにすることとの関係を説明するキーワードだ。

 

 経済成長と再生可能エネルギー価格の低下がなければ、気候変動に対処するグリーン政策は極めて厳しい逆風に直面するだろう。しかし幸いなことに、これらの経済的な力はすでに脱炭素化をそれなりに促進している。ただ、現行の各企業の経済的対応(business usual)は、ネットゼロに達するほど強力ではない。政府による政策的対策が必要だ。だが残念ながら、日本を含む多くの国が定めている現在の2030年目標は、その目標実現のために、各国が公約する対策を完全に実施したとしても、2050年ネットゼロの最終期限に間に合うほど野心的とはいえない。

 

  石炭火力発電所の場合を考えてみよう。世界人口の半分を占める国々では、既存の石炭火力発電所やガス火力発電所の稼働を続けるよりも、新しい大規模な風力発電所や太陽光発電所を建設して運営する方が、すでにコストが安くなっている。新規の再エネ発電所の建設をするだけでいいのだ。年を追うごとに、再エネ発電のコスト面での優位性は高まっていく。

 

    こうした太陽光発電や風力発電の価格低下は、電力会社が既存の石炭火力発電所を急速なペースで段階的に廃止するよう促すはずだ。こうした動きはすでに欧州連合(EU)で起こっている。EUでは2030年までに各国政府がすべての石炭火力発電所の義務的閉鎖を実現する対策が進んでいる。米国では、EUとは違って、連邦政府による義務的規制はないが、企業自身が多くの石炭火力発電所を自らの判断で閉鎖を進めている。ただ、現在の企業ベースによる自主的な閉鎖のままでは、2040年代に入っても、米国では、まだかなりの数の石炭火力発電所が残るだろう。日本では、そうした米国の状況よりももっと悪い。日本政府と経団連は、エネルギーの安定という説明とCCSによる炭素回収の夢の下で、石炭火力発電所を無期限に維持しようとしている。その結果、石炭火力が発電する現在の電力量は、欧米では1985年の水準を大きく下回っているが、日本では逆に、85年よりも3倍に増えている(上図参照)。

 

 日本は最も汚染の激しい石炭火力発電所のいくつかを段階的に廃止してはいるが、一方で、既存の石炭火力発電所の発電容量の8%に相当する新しい石炭火力発電所を建設中か、または計画中である。こうした状況にあることから、以下に詳述するように、日本は政府が2030年までに全発電量に占める石炭火力発電の割合を30%から26%に削減するとしている極めて控えめな計画さえ達成できない可能性が高い。

 

     一方、2022年5月に開いたG7首脳会議では、米国と日本は、すべての「削減対策を実施していない(unabated)」石炭火力発電所を2030年までに段階的に廃止するとする提案を一緒になって阻止した。日米の反対の結果、G7は石炭火力発電所の段階的廃止を約束はしたが、その達成期限については示せなかった。ここで「unabated」の言葉は、日本が排出削減対策の面で超重要と呼ぶ超々臨界圧火力発電所(USC)を運営し続けることを認め、さらに炭素回収技術(CCS)を備えた火力発電プラントの継続も認めることを意味する。CCS技術は経済的に実現可能な水準にはなっておらず、将来も、決して実現可能にならない可能性がある。日本は政治がグリーン政策を阻害するほとんど唯一の国といえる。米国では、最高裁判所が環境保護庁(EPA)による炭素排出量を規制する権限を厳しく制限する判断を示している。

 

 気候目標を達成するための経済と政治

 

 ネットゼロ目標を達成するには、2つの大きな対応が必要になる。1つ目は、GDPを1㌦生産するために必要なエネルギーの量を減らすことである。これは経済発展が進めば、自動的にもたらされる。2つ目はエネルギーの炭素含有量の削減と実際に削減を実現することだが、これは自動的には達成されない。データを見てみよう。

 

 途上国が一定の発展レベルに達すると、一人当たりの実質GDPが上がるにつれて、GDP1ドル当たりの生産に必要なエネルギー量は減少する(下図参照)。

 

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Sourcehttps://ourworldindata.org/co2-and-other-greenhouse-gas-emissions

 

 しかし、途上国が豊かになるにつれて、一人当たりGDPはエネルギー原単位の低下よりも速く上昇する。その結果、一人当たりのエネルギー消費量(電気照明、冷暖房、近代的な家電製品、自動車、現代産業等)は、生活水準の上昇の一環として急速に増加する。 さらに、国が十分に豊かになり、 GDPに占めるサービス産業の割合が上昇してくると、一人当たりのエネルギー消費量は減速し、その後、平坦化し、最終的には減少する(下図参照)。米国の一人当たりのエネルギー消費量は2003年にピークをつけ、その後、2019年までに15%減少した。日本も2005年のピークから15%減少している。

 

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 対照的に、エネルギーの脱炭素化は、より問題を抱えている。途上国が発展するにつれて、エネルギー単位当たりのCO2排出量は上昇し、その後、中所得国になるとピークアウトして減少する。最終的には、これらの国々の豊かさが増すにつれて、さらなる減少はより困難になる(下図を参照)。

 

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  最も裕福な国々では、その後も幾分のCO2削減の進歩が見られているが、その削減ペースは経済的要因よりも、利益集団グループの政治的影響によって左右される。2012年から2019年にかけて、日本はエネルギー原単位を10%削減し、米国も1981年から14%削減した。対照的に、脱炭素化にもっともコミットしているEUでは、1965年から40%減少している。

 

 国が一人当たりGDPの生産で一定の水準に達すると、排出量をさらに削減することは、一人当たりGDPの増減とはほとんど関係がなくなる。2018年の一人当たりGDP生産で、日本は30カ国中14位だったが、エネルギー原単位当たりのCO2排出量では4位だった(下図参照)。

 

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 (注)中央の傾向線には、ポーランド(石炭に大きく依存)とスウェーデン(水力発電と原子力に大きく依存)の2つの外れ値は含まれていない。

 

 日本は「低いところにぶら下がる果物」を逃している

 

 日本は、2030年にGHG排出量を46%削減(2013年比)するという目標を達成できそうにない。たとえそれをできたとしても、 専門家は、2050年までのネットゼロに向けた軌道に乗せるためには、2030年までに62%の削減が必要だと指摘している。 そのためには、日本は「低いところにぶら下がる果物」(Low -Hanging Fruit)を収穫する機会を逃すのをやめれば、目標を達成できるだろう。

 

 日本が2021年に公表したエネルギー基本計画は、原子力発電の全発電量に占める割合は2019年時点でわずか6%でしかないのに、2030年までに20〜22%に復活させることしている。岸田文雄首相は、現在の稼働原発6基から、今冬には9基を稼働させ、来夏までには17基の原発を稼働させると宣言した。しかし、原発が立地する各自治体の多くは、2011年3月の東京電力福島第一原発の大惨事の後、いったん閉鎖された原発の再開を阻止してきた。その中には原子力規制委員会が稼働再開を承認した17の原発も含んでいる。

 

 岸田首相の原発再稼働の宣言は、ロシアのウクライナ侵攻後に欧州等で起きているエネルギー不足の状況をみて、これまで原発再稼働に難色を示してきた自治体の考えが変わったのかどうかを試すことになるだろう。いくつかの原発の再開はあり得るだろうが、全電力の20〜22%を原発でカバーする政府の狙いの実現は、現実的ではないと言わざるを得ない。では、何が将来のエネルギー不足のギャップを埋めるのだろうか? 石炭と天然ガスか。しかし、エネルギー基本計画では石炭のシェアを26%に減らすとしており、石炭への依存を高めると、その目標達成を危うくする。

 

      一方で、日本は再生可能エネルギー(水力発電を含む)電力の割合を36〜38%に引き上げる計画を立てている。これはすでに現状でも約34%に引き上げる見通しが得られており、現実的な計画といえる。再エネ比率の目標を引き上げて、2030年の排出削減目標を達成するためには、再エネ比率は40~50%にまで引き上げねばならない。この点について、自然エネルギー財団に加盟する日本の大手企業約100社が署名した2021年の声明では、実現可能だと指摘している。

 

 日本の主要なGHG排出源である鉄鋼生産は、製鉄事業で使用する電力の生産に関わる排出量(Scope2)も含めると、日本のGHG排出量全体の17%を占める。その理由は簡単だ。日本の鉄鋼業は旧式の高炉方式が主で、同方式からのGHG排出量は最新の電炉(EAF)に比べ、1㌧の鋼鉄生産当たり約4倍のCO2を排出している。日本では鋼鉄の25%だけが電炉で生産されているが、EUでは43%、米国では77%。主要な鉄鋼生産17カ国のうち、日本は鉄鋼1㌧当たりのCO2排出量で全体の5位に位置する。電炉への転換(低いところにぶら下がる果実)を進めるだけで、鉄鋼業のCO2排出量は大きく下がる余地がある。もちろん、電炉での生産にはスクラップ鋼が必要なため、世界のすべての鋼鉄を電炉だけで作れるわけではないが、世界には、日本や他の国々が電炉生産を大幅に増やすのに十分なスクラップ鋼が存在している。

 

     もう一つの主要なGHG排出源である自動車の使用からの排出量は日本の全GHG排出量の20%を占める(自動車の製造工程での排出量は含まない)。残念なことに、トヨタのような強大な自動車メーカーは電気自動車(EV)の生産に出遅れているだけでなく、日本と海外市場の両方でEVの推進に逆行するようなロビー活動を展開している。9月29日、トヨタ社長の豊田章男氏は、米国カリフォルニア州が2035年以降にガソリン車と一般ハイブリッド車の販売を禁止する新しい規制(プラグインハイブリッド車は許可)について、「現実的に言えば、(同規制を)本当に達成するのはかなり難しいようだ」と述べた。しかし、トヨタがこうしたスタンスに固執し続ければ、米国では15の他の州が自動的にカリフォルニア州の排出ガス規制に追随することから、同社は米国でのEV市場をあきらめることになる。対照的に、フォード(同社も以前はEVに懸念を示していたが)は同州の新しい規制を称賛した。

 

 EVは2021年時点ではグローバルにみて、わずか1%の市場シェアだ。だが今後、そのシェアは急速に増加すると予想されている。米国市場で2030年までに50〜70%に拡大し、欧州市場では75〜85%まで引き上げられている。これにに対し、日本の自動車メーカーは、国内市場でのEV車は2030年でも米欧の半分ほどの20~40%程度とみている。

 

 日本と米国は、既存の金融的にも実現可能性の高い技術(低いところにぶら下がる果実)を用いて、現状よりも、はるかに多くの進歩を達成することができるのだ。だが、これまでのところ、両国の国内政治事情がこうした果実を収穫することさえ、制限している。

 

 

 (Japan Economic Watch, 4.Oct 2022 “Japan Unlikely To Meet 2030 Goal For Emissions Reduction―On Climate Change, Economic Fundamentals Are Necessary But Not Sufficient―”より筆者の了解を得て翻訳・転載)

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リチャード・カッツ(Richard Katz)

経済ジャーナリスト。カーネギーカウンシルのシニアフェロー。フォーリン・アフェアーズ、フィナンシャル・タイムズ等にも寄稿。東洋経済新報の特約記者も兼務。日米の経済政策等に詳しい。日本についての同氏のフリーブログはhttps://richardkatz.substack.com/

 

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