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気候危機と重要鉱物を巡る課題(松下和夫)

2023-07-08 17:19:32

matsushita002キャプチャ

 

1.はじめに: 重要鉱物を巡る課題

 

  気候変動の危機を受け世界が脱炭素社会への移行を急ぐ中、重要鉱物(Critical  Minerals1)への関心が高まっている。脱炭素社会への移行には、再生可能エネルギーの急速な拡大や蓄電設備、電気自動車の普及などが求められる。そのため、風力タービン、ソーラーパネル、電気自動車、蓄電設備などの製造過程で重要な役割を果たす重要鉱物の需要が急増している。とりわけ、レアアースや、 リチウム、ニッケル、コバルト、グラファイト、マンガンなどの蓄電池用途に用いられる鉱物は、太陽光発電、風力発電、電気自動車等に使用される蓄電池、永久磁石等の製品の原材料として必要不可欠である。

 

  一方、これらの鉱物の多くは、埋蔵資源の偏在から特定の国への依存度が高く、さらに製造コストや環境規制・労働環境の違いなどにより、特定の国によるサプライチェーンの寡占化が進み、代替供給が困難な状況にある。生産が一部の国に集中し、 加工と最終製品の製造は特に中国に集中している。 これら重要鉱物の調達がうまくいかなくなればエネ ルギー転換は立ちゆかなくなる。

 

 重要鉱物を巡る課題としては、第一に、その不均等な流通が海外依存を招き、価格変動の影響を受けやすく、輸入コストが高くつくこと、第二に、重要鉱物のライフサイクルの各段階における環境負荷が大きいこと、第三に、地政学的、安全保障上の問題から、重要鉱物資源へのアクセスは供給変動に対して脆弱であること、第四に、重要鉱物に代わる適切な代替品がないため、世界の鉱物市場に関する懸念がさらに強まっていること、などがある。

 

2.偏在する重要鉱物

 

 重要鉱物の生産と加工の多くが、少数の国々に集中している。 コバルトの世界シェアはコンゴ民主共和国と オーストラリアが70%、リチウムは55%を占めている。一方、約18種類の重要鉱物は中華人民共和国(PRC)がトップである。中国はさらに世界のレアアース生産量の60%以上を占め(IEA 2 2021)、 太陽光発電モジュールや電気自動車用バッテリーの製造・組み立てとともに、加工事業を支配し、世 界の75%を占めている(IEA 3 2022b)。

 

コンゴでのコバルト採取の模様=Zeropcより
コンゴでのコバルト採取の模様=Zeropcより

 

 また、需要の高まりとサプライチェーンの混乱が重要金属の価格高騰を引き起こし、2021年には世界のリチウムとコバルトの価格は倍増し、銅、 ニッケル、アルミニウムは25%~40%上昇した。 加えて、重要金属市場の透明性の欠如、情報の非対称性、サプライチェーンの混乱は、価格変動の懸念をさらに悪化させる。サプライチェーンが強化されない限り、重要金属の需要の増大がクリーンエネルギー技術展開のボトルネックになりかねないと国際エネルギー機関(IEA)は指摘する(IEA 4 2021)。

 

3.重要鉱物のバリューチェーンにおける環境 破壊や人権に関連する課題

 

 重要鉱物需要の増加は、生産国や供給国において 、環境や社会に負の影響を与えている。

 

 重要鉱物のバリューチェーンの環境負荷は、精製に使用されるシアンや硫酸による水質汚染など多岐にわたる。チリ、アルゼンチン、ボリビアなどのリチウム処理施設で使用される生産プロセスは、 利用可能な水資源の質と量に影響を与え、銅抽出はチリやペルーでの水不足につながった。その結果、採掘活動は農業灌漑に必要な水と競合するこ とが多く、森林被覆、生物多様性、その他の重要 な生態系の喪失につながっている。

 

 一部の生産国では適切なガバナンス、すなわち環境と労働の規制と基準を導入し効果的に執行するための能力の欠如、が大きな懸念となっている。 世界のコバルト生産の60%を担い、これらの問題についての懸念があるコンゴ民主共和国に見られるように、歯止めがかからない環境破壊、人権侵害、安全でない労働慣行につながりかねない。

 

 採掘プロジェクトによる環境、社会、ガバナンスへの影響も大きな懸念事項である。鉱山会社が探 査や採掘のための土地を独占するため、社会的混乱や地域社会との対立を引き起こす可能性がある。

 

4.G7(先進7か国首脳会議)で重要なテー マとなった重要鉱物

 

 このような背景から、G7サミットでも重要鉱物をめぐる課題が重要なテーマの一つとなった。 札幌で開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合で採択されたコミュニケ5では「重要鉱物及 び原材料」に関し、下記のように述べられている。

 

G7広島サミット
G7広島サミット

 

・ ネット・ゼロ経済の実現に向け重要鉱物及び原材料の供給を強化し、重要鉱物及び原材料のサプライチェーンが、人権を十分に尊重した上で、可能な限り最も高い環境、社会、ガバナンスの基準に従うことを確保。

 

・ 環境と社会へのフットプリントを最小化し、一 次資源利用への圧力を緩和し、サプライチェーンにおける供給と循環性を強化するために、重 要鉱物及び原材料を含む製品をできるだけ長く経済内に維持することに全面的にコミット。

 

・ 人の健康及び環境を守る観点から、国の回収・ リサイクル能力が、厳しい環境基準に適合し、 経済的に効率的で安全な回収・リサイクルが達成されるような場合において、電子機器、尾鉱、その他の回収・リサイクル可能な材料から重要鉱物及び原材料の国内及び国際的な回収・ リサイクルの増加にコミット。生物多様性の損失を防ぎ、自然保護を促進し、自然環境にプ ラスの利益をもたらすことを目的とした、ネイチャー・ポジティブ・アプローチを採用。

 

・ このような目的を達成するため、回収・リサイクルに関する環境フットプリントを最小化するために特に開発途上国における透明性を持った形での環境規制の枠組みや能力開発の強化を含む環境整備を促進しつつ、円滑で環境的に優れ効率的な国際的な回収・リサイクルを確保するための議論を促進。

 

・ 効率性を高め、より持続性のある代替物質に置き換えることを可能にすることを含め、重要鉱物及び原材料への依存を減らすために重要鉱物及び原材料に関する研究開発を支援。

 

5.今後の方向:重要鉱物セキュリティのため の5つの取り組み

 

 G7気候・エネルギー・環境大臣会合では、コ ミュニケで述べられた課題に取り組むため、附属書で「重要鉱物セキュリティのための5ポイントプ ラン」6の実施が合意された。その概要を表−1に整理する。

 

Matsushita001キャプチャ

 

おわりに

 

 脱炭素社会への移行に重要な役割を果たす重要鉱物を巡る諸課題について、G7ではそのセキュ リティ確保のための具体的なプランが合意され た。なかでも円滑で環境的にも優れ効率的な回収・ リサイクルシステムの確立の重要性が繰り返し強調されていることに注目したい。環境に配慮したe-Wasteの管理・リサイクルをはじめ、この分野で日本の果たすべき役割への期待は大きい。

 

(注)

1 重要鉱物とは、「金属鉱産物(マンガン、ニッケル、クロム、タングステン、モリブデン、コバルト、ニオブ、タンタル、アンチモン、リ チウム、ボロン、チタン、バナジウム、ストロンチウム、希土類金属、白金族、ベリリウム、ガリウム、ゲルマニウム、セレン、ルビジ ウム、ジルコニウム、インジウム、テルル、セシウム、バリウム、ハフニウム、レニウム、タリウム、ビスマス、グラファイト、フッ素、 マグネシウム、シリコン及びリンに限る。)」をいう(「重要鉱物に係る安定供給確保を図るための取組方針」、2023年1月19日、経済産業省)。

2 International Energy Agency (IEA). 2021. The Role of Critical Minerals in Clean Energy Transitions, World Energy Outlook Special Report. https://doi.org/10.1787/f262b91c-en

3 International Energy Agency (IEA).2022. World Energy Outlook 2022. Paris: IEA. https://www.iea.org/reports/worldenergy-outlook-2022 (accessed 2 March 2023).

4 注2に同じ

5 https://www.env.go.jp/content/000127829.pdf 6  https://www.env.go.jp/content/000129591.pd

 

 ★この記事は、季刊『環境技術会誌』2023年7月号に掲載のコラムを、著者の了解により転載させていただきました。

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松下和夫(まつした かずお) 京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長。環境省、OECD環境局等勤務。国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)など歴任