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オーストラリアの「サステナブルファイナンス戦略」コンサルテーション文書から考える(西川綾雲)

2023-11-13 00:54:39

Ausitreasuryキャプチャ

 

 金融は実体経済が投影された単なる影絵のような存在なのか、金融は実体経済の変革を促せる牽引者のような存在になりうるのか、そんな自問自答を繰り返しているさなか、オーストラリアの財務省から「サステナブルファイナンス戦略」というコンサルテーション文書が公表され、目に留まった。

 

 公表されたのは11月2日で、12月1日までの期間に、オーストラリアのサステナブルファイナンス戦略と文書で提起された質問について意見を求めるという。

 

 そこでは、オーストラリアのサステナブルファイナンス市場の発展を支えるための具体的施策を12の優先事項として提言としている(それらは4つずつ第一の柱から第三の柱に集約して整理されてもいる)。その3つの柱と12の優先順位とは以下の通りだ。

 

第1の柱:気候と持続可能性に関する透明性の向上

 

重点課題1 : サステナビリティ関連財務情報開示の体制構築

優先事項2 : サステナブルファイナンスのタクソノミーの開発

優先事項3 : 信頼できるネットゼロ移行計画の支援

重点課題4 : サステナブルとして販売される投資商品のラベリングシステムの開発

 

第2の柱 : 金融システムの能力

優先事項5 : 市場の監督と執行の強化

重点課題6 : 潜在的なシステミック財務リスクの特定と対応

優先事項7 : データと分析の課題への対応

優先事項8 : 目的に合致した規制の枠組みの確保

 

第3の柱 : オーストラリア政府のリーダーシップと関与

重点分野9 : 豪州グリーン債の発行

優先事項10 : サステナブルな資金の流れと市場の促進

優先事項11 : 国際的な連携の促進

優先事項12 : オーストラリアを持続可能性の世界的リーダーとして位置づける

 

サステナブルファイナンス戦略を主導するアルバーニー豪首相
サステナブルファイナンス戦略を主導するアルバニージー豪首相

 

 このコンサルテーション文書の通りの施策が全部、現実のものとなる保証はもちろんないだろうが、「この提案には見所が満載」という表現をしたとしても、それは決してオーバーではない。では、その主な見所を順に概観していこう。

 

 第一の注目点は、優先事項2で「タクソノミーを開発する」と明記した点だろう。しかも、「トランジションファイナンスの役割を効果的に組み込む」ことを強調した。文書では「資源関連の貿易・投資の流れが大きい、排出量の多い経済大国オーストラリアとして、移行期の活動と投資は、自国の将来の繁栄、ネットゼロの達成能力、公正な移行の管理に不可欠である。移行を確実に支援できる活動と、その期間を定義するための科学的根拠に基づく厳格な基準を提供するタクソノミーは、企業、投資家、規制当局に明確で信頼できるガイダンスを提供し、時間の経過とともに進捗状況を測定し、野心を高めるためのメカニズムを提供する」と書かれている。

 

 つまり「トランジションタクソノミー」を、国として、世界で初めて本格的に策定することを宣言しているのである。しかも、それが気候変動対策の国別目標と齟齬をきたさないよう「タクソノミーの過渡的な側面は、政府全体の経路との一貫性を最大化するために、気候変動庁(CCA)によって策定されたセクター別計画と可能な限り政府全体で整合させる」とも書いている。

 

 第二の注目点は、同じ優先事項2の記述のなかで、中長期的にという留保条件をつけながらも、ユースケースとして「大企業に対し、その活動がタクソノミーとどの程度一致しているかを開示することを義務付ける」「金融機関に対し、投資商品またはポートフォリオとタクソノミーとの整合性の度合いを開示することを義務付ける」と書き込んだ点だろう。

 

 タクソノミーが「グリーンタクソノミー」に限定されている場合、一足飛びにゼロエミッションを達成できない産業(hard to abate sector)に対する投融資は金融活動によって引き起こされる間接的な排出量(financed emission)が増大することを嫌って抑制傾向となり、そのことが実体経済全体の炭素中立への接近の妨げになるという批判が予めあった。しかし、オーストラリアの考え方は、「トランジションタクソノミー」を同時に導入することによって、そうした懸念を相当程度、払拭できるという見通しに基づいているように見受けられる。

 

 第三の注目点は、優先事項3において「大企業や金融機関が気候関連の機会とリスクを開示するにあたって、将来的には移行計画の開示もそこに含む」と打ち出したことがあげられる。大企業や金融機関の移行計画の開示義務化の検討については、英国が現時点では先行しているように見える。ただ、今回の文書で、オーストラリアも「英国の移行計画タスクフォース(TPT)の作業を注視している」としたうえで「移行計画の実施方法や開示方法に大きなばらつきがあることは、企業が計画を立てて進捗状況を追跡することを難しくし、投資家が移行を支援するために資本を配分することを難しくする」という基本認識を示した。

 

 もちろん、当面はISSB準拠の豪州版基準の範囲を超えた要請を行うものではなく、2024年以降に協議の上、慎重に検討するとしているが、「移行計画の優良事例をサポートできる追加のツール、リソース、およびガイダンスを提供したい」との意思を表明している点は興味深い。

 

 第四の注目点は、優先事項11「国際的な連携の促進」に見られる。この解説の中で、文書は「オーストラリアは、オーストラリアとインド太平洋地域におけるトランジションファイナンスの重要性に鑑み、グローバルなサステナブル・ファイナンスの枠組みにトランジションファイナンスへの高度なアプローチを含めることを強く提唱しており、国・地域を越えた一貫したアプローチを支援するための技術的作業に積極的に貢献する」と書いている。

 

 また、「オーストラリアは、二国間関係やASEANなどのグローバル・地域フォーラムを通じて、サステナブルファイナンスの枠組みの連携を促進するための強力な基盤を築いてきた。ISSB基準やサステナブルファイナンスのタクソノミーなどの新しい枠組みが成熟するにつれて、国境を越えたサステナブルファイナンスのフローを促進するために、異なる市場や管轄区域間で一貫性と相互運用性をサポートするための実践的な措置に焦点を当てることが非常に重要になる。タクソノミーなどのツール間の一貫性を最大限に高めることで、投資家は他の市場での活動や投資が自社の戦略や自国の規制要件に合致しているかどうかをより簡単に評価できるようになる。これにより、コンプライアンスコストが削減され、新たな投資機会が開かれる」とも書いている。

 

 これが、日本版トランジションファイナンスでASEAN諸国の巻き込みを図ろうとする日本政府を意識した記述であるのか否かは、知る由もない。ただ、「サステナブルファイナンスに関する明確で信頼できるリーダーシップを足掛かりに、オーストラリアの企業、産業、投資機会が世界のパートナーや市場から好意的に見られるようにする機会を得たい」という意思が、ここから感じられる。

 

2022年5月の総選挙で勝利を宣言する労働党のアルバニー氏(現首相)
2022年5月の総選挙で勝利を宣言する労働党のアルバニージー氏(現首相)

 

 日本人にとってのオーストラリアは、食料やエネルギー資源、鉱物資源の輸出国であるというイメージが強い。その意味では、例えば製造業が空洞化してしまった英国などと比べれば、脱炭素に向けた気候変動政策には必ずしも熱心ではないと連想されるかもしれない。事実、アルバニージー現首相が率いる労働党政権が昨年5月に復活するまでは、そうした傾向は否めなかった。昨年の総選挙で、それまで与党の地位にあった自由国民連合は、「温室効果(GHG)排出削減目標は05年対比で30年までに26〜28%」と消極的で、「オーストラリアの石炭とガスを輸出産業と位置づけ50年以降も継続させることに尽力する」との公約だった。

 

 対する労働党は、「NDCは30年までに43%」「屋上太陽光発電と地域利用蓄電池の普及」「再生可能水素の生産と輸出、バイオエネルギーなどの新しいクリーンエネルギー産業の発展を支援」「1万人の新エネルギー関連の新規雇用者向け支援に1億㌦を措置」などと再生可能エネルギーの導入目標や、化石燃料関連の職場で働く労働者の公正な移行を公約に掲げた。結果は、下院の全151議席のうち労働党が77議席を獲得し、9年ぶりの政権復帰を果たしただけでなく、2007年以来の過半数政権を実現した。

 

 新政権は、昨年12月に協調的かつ野心的なサステナブルファイナンスのアジェンダを追求する旨、公表していた。それが一年足らずで、今回とりまとめられたということである。この文書には、「資源集約型の先進国であり、深く世界的に統合された金融市場と、気候変動と適応の主要な機会とリスクを持つオーストラリアに対して、他の国々が、サステナブルファイナンスが経済全体の対応をどのように支援できるかを示す重要な例として注目するかもしれない」という一文がある。

 

 筆者には、「無いものねだり」ということは分かってはいても、オーストラリア財務省から発出された今回の「サステナブルファイナンス戦略」というコンサルテーション文書が、どこか羨ましく思えてならない。

 

https://treasury.gov.au/consultation/c2023-456756

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西川綾雲(にしかわ りょううん)  ESG分野で20数年以上の実務・研究両面での経験を持つ。内外の動向に詳しい。