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第8回サステナブルファイナンス大賞インタビュー⑫国際賞:フィリピン共和国。日本で初の円建てサステナビリティ国債(サムライ・サステナビリティボンド)を発行(RIEF)

2023-04-03 23:25:07

Phil0005キャプチャ

写真は㊧環境金融研究機構代表理事の藤井良広、その㊨がロザリア・V・デレオン氏)

 

  フィリピン共和国は、日本で初となる円建てサステナビリティ国債(サムライ・サステナビリティ国債)を発行し、日本のサステナブルファイナンス市場の国際化に貢献したことを評価して、第8 回サステナブルファイナンス大賞の国際賞に選ばれました。フィリピン財務省の財務官、ロザリア・V・デレオン氏(Rosalia De Leon)氏に伺いました。

 

――フィリピンはこれまでも、円建て国債(サムライソブリン債)を発行してきました。今回、環境と社会両分野を資金使途とする「サムライ・サステナビリティ国債」を発行しましたが、サステナビリティ分野の資金調達をサムライ債で行った主な理由を教えてください。

 

De Leon氏 :  われわれは2021年11月に、サステナビリティファイナンスのフレームワークを発行しています。そこでは、ESG債、サステナビリティ債による調達資金の使途をどうするかについての概要を示しています。ESG債を発行する動機としては、投資家基盤を多様化できる点があります。現在、ESG分野に投資したいという投資家の要求が高まっています。したがって、われわれのフレームワークに基づき、様々な国のESGイニシアチブに資金を供給している様々な投資家の資金を活用できる状況にあります。

 

 特に日本のサムライ債(円建て外債)市場でのESG債の発行機会は非常に稀だと思います。今回の日本での発行では、20年債という長期の償還期間の国債発行を広めることと、ESG債のブランドを広めることを目指しました。サムライESG債では投資家の応募を増やすことができます。実際に、サムライ・サステナビリティ国債には、投資家の注文が多く寄せられ、金利をその分、低く抑えることができました。

 

De Leon氏
De Leon氏

 

――昨年4月にフィリピン政府がサムライ・サステナビリティ国債を発行する少し前に、ドル建てでもサステナビリティ国債を発行していますね。

 

De Leon氏 : はい。ドル建てのサステナビリティ国債の発行は、昨年の1月です。ドル建て債では、償還期間は25年でESG債として発行できました。その際の投資家の応札額は発行予定額の14倍の約280億㌦に達しました。当初の発行予定額は20億㌦でしたが、投資家の強い投資意欲があったため、金利は当初より5pb低くできました。また投資家の強い投資意欲に応える形で、発行額も増やして30億㌦としました。

 

――「グリニアム(グリーン性のプレミアム)」を手に入れたわけですね。

 

De Leon氏 : そうですね。これが本当のグリニアムだと直接、関連付けることはできませんが。まずは、投資家の多様化が図られ、投資家の投資意欲(アピタイト)を高めることもできました。特に、より大きな投資家ベースとの取引ができるようになっています。その結果、投資家の注文を、それも良い投資注文を、増やせるようになり、発行コストの削減ができるようになりました。


――フィリピンは、海外資本市場でのサステナビリティ国債の発行に力を入れているように見えます。フィリピンの国内市場でのESG国債の発行はどうですか。サステナビリティ国債については、国内市場より海外市場を重視しているのですか?

 

De Leon氏 :  フィリピンの国内市場では、政府が海外市場でESG国債を発行する前から、多くの民間セクターや国内企業がESG分野での債券発行をしていました。ですから、政府が海外市場でESG債のベンチマークを確立するタイミングだとも思います。特に期間25年の長期債を発行する場合は、海外のオフショア市場で発行することが不可欠です。フィリピンの場合、現在、法律によって債券の償還期間は最大で25年とする制限があります。法律で25年以上の償還期間を持つ債券の発行は、国債を含めてできません。

 

 国内のローカル市場では、個人投資家にフォーカスした国債の発行市場をより強化したいと考えています。個人投資家と言う場合、潜在的な投資家は、われわれのような個人を指し、個人が加入する年金基金、退職基金、保険会社等を対象とします。現在も個人向け国債を扱っています。個人向け国債はフィリピン・ペソ建てですが、ドル建てでの個人向け国債も2回発行しています。

 

――昨年発行したサムライ・サステナビリティ国債は、5年債、7年債、10年債、20年の4種類の債券に分かれています。4種類に分けた理由と、短期債から長期債までの資金使途の違いはありますか。

 

De Leon氏 :  債券のイールドカーブの異なる部分でも流動性を確立したいので、5年、7年、10年、さらに、イールドカーブを20年にも延長できたことを非常に嬉しく思っています。多様な債券発行としたのは、投資家には多様な種類の投資需要があるからです。より短い保有期間を望む投資家もいますが、機関投資家の場合は、わが国の保険会社のように、20年債を重視したいと考えるかもしれません。こうした多様な投資家の要求に応えたいと考えています。

 

De Leon氏
De Leon氏

 

   特に今回のサムライ・サステナビリティ国債では、最長の償還期間は20年物にまで広がりました。通常のサムライ債とも異なり、「サムライESG債」なので、保険会社等のような投資に資することができると、われわれは言っています。

 

――サムライ・サステナビリティ国債のソブリン債の資金使途についてお聞きします。調達資金は環境・社会の様々な分野に供給されるとしています。これらのうち、もっとも重点的に資金を提供する特定の分野は何になりますか。

 

De Leon氏 :  昨年の発行時点は、パンデミックの最中でもあったので、調達資金の多くは社会分野、特にヘルスケアとCOVID-19対応に向けました。多くの子供たちが自宅で勉強しなければならないパンデミックの実情に対応し、教育に割り当てた資金も結構たくさんありました。つまり、調達資金の主な使途先は、社会セクターにより多く向けられました。同時に、われわれが現在、「グリーンイニシアチブ」として推進している環境分野のプロジェクト数も増えており、それらの分野への資金使途も増やしました。エネルギー分野では、わが国は、再エネへの移行に向かって動いており、調達資金の一部は再エネ事業に充当されます。

 

―― 今回のサムライ債発行に対する日本の投資家の反応はどうでしたか。一部の保険会社やその他の長期機関投資家は、長期投資を目指しています。そうした投資家のサムライ・サステナビリティ国債に対する反応はどうでしたか。

 

De Leon氏  :  第一に、今回のサムライ債発行で、新たな投資家基盤を獲得でき、非常に満足しています。われわれはこれまでも、5回のサムライ国債の発行の経験があります。そうしたこれまでの投資家基盤に加えて、新しいESGラベルのサムライ国債の発行に対しては、これまでの伝統的なサムライ債投資家だけではなく、新たにESGイニシアチブを重視して投資する投資家基盤を獲得できました。投資家の多様化を拡大できたことを歓迎しています。ESG債市場に対して日本のサムライ投資家の関心が高まっていることも喜ばしいことです。

 

――今年、あるいは来年も、サムライ・サステナビリティ国債を発行する計画はありますか?

 

De Leon氏 :  今年も、過去数年間と同じような財政資金調達の要請があります。それは、約総額2.2兆ペソ(約5.4兆円)の資金調達が必要ということと、わが国の財政赤字対応、過去の発行分の借り換え、そして資金調達の25%分を海外発行でまかなうという財政上の要請です。外国資本市場での調達では、今年はすでに米ドル市場で約30億㌦のドル債を発行しましたが、海外市場ではまだ約20億㌦分の発行枠が残っています。明らかに、サムライ債市場はわれわれの海外資金調達市場の選択肢の1つです。われわれは同市場の発展状況を注意深く見ています。

 

 われわれは日本の投資家に、マルコス政権の最近の展開と政策の動向についての最新情報を提供し、中期的に財政赤字と対外債務の削減を進めるための財政枠組みをどのように進めているかを伝えたいと思っています。同時に国内経済の自由化をさらに進め、特にインフラ事業のために、より多くの外国直接投資を誘致することを目指しているかということを伝えていきたいと思っています。

 

――サムライ・サステナビリティ国債の資金使途で、コロナ禍の対策としてヘルスケア等の社会的分野での人々の需要を支援するために配分していると説明されましたが、環境・社会分野で、現在、さらには今後、より強化し、改善していきたい分野を教えてください。

 

De Leon氏  :  まずはヘルスケア分野です。コロナ禍からの回復を確実にするために、そして同時に、いつでも迅速な対応を国民に提供できるようにしていきます。これはコロナ禍で、われわれが学んだ教訓です。ヘルスケア分野を改善するために、われわれはモニタリングをもっと強化するなど、しなければならないことがたくさんあります。さらに気候対応行動プログラムも進めねばなりません。

 

 気候変動に強い経済になるよう予算を検証しています。その他の点としては、わが国のエネルギー部門を、石炭から、より再エネ事業へ移行させる点に取り組んでいます。その点でフィリピンは、水力発電において非常に恵まれた環境にあります。さらに、天然ガス資源も豊富にあります。

 

――多くの日本企業も、フィリピンでの移行事業のほか、グリーンプロジェクトに投資したいと思っています。

 

De Leon氏 : フィリピンでは今、電気自動車(EV)への投資機会も増えています。日本の大手銀行も、フィリピン企業と一緒になって、わが国の輸送システムへの新たな技術導入に取り組んでいると聞いています。

 

――内外の機関投資家からの投資資金を調達するうえで、国内のペソ市場や海外の資本市場を、どのように組み合わせるのがいいと思いますか? 内外の市場政策をどのように組み合わせることで最大のインパクトを引き出せると思いますか。


De Leon氏  :  われわれは外為リスクを可能な限り最小限に抑えたいと考えています。ですから、われわれの資金調達に際しては、円資金の調達はもちろんですが、政府からのODAベースの借款のほか、サムライ市場を通じた商業オフショア借入を含む外貨建て資金調達は全体の25%にとどめることとしています。一方で、日本にいるフィリピン人労働者も増えており、彼らの本国への送金資金は海外送金全体の約5%になっています。

 

De Leon氏
De Leon氏

 

――日本在住のフィリピン労働者の送金額が、フィリピンの世界全体からの送金総額の5%になるのですか?

 

De Leon氏 : そうです。非常に莫大な金額が、日本で働いているフィリピン人労働者から送金されています。ですから、われわれのサムライ市場での継続的な資金調達のプレゼンスと合わせて、これらの資金は、われわれが円での支払い義務を払えるようにする担保を提供することにもなります。外貨の流入と流出をマッチングさせるということであり、それによって円での債務の支払いにも資することができるということです。われわれがサムライ市場での存在感を維持し続けるのは、元本と利息の両方の支払い義務のためにも円資金が必要になるからです。

 

――日本では、今、エネルギー転換を含む経済全体をネットゼロに移行させるトランジション移行問題に焦点を当てています。よりグリーンでより強靭な社会への転換を目指す形です。このようなネットゼロ社会への移行を加速するために、財務大臣は、いわゆるトランジションソブリン債の発行を来年検討しています。詳細はまだわかりませんが。フィリピンでもネットゼロ社会に転換するためのトランジションに関心がありますか?もしそうなら、近い将来、ESG国債の一種として、日本のようにトランジションボンドを発行することは考えられますか?

 

 トランジション国債はESG債の一種になると思われますが、サステナビリティ国債とは少し異なります。なぜなら、その資金使途が鉄鋼やセメント、化学、電力等の化石燃料に関連した産業の転換のために提供されるためです。化石燃料からクリーンエネルギ―へのエネルギー移行についての議論は日本だけでなく、主要な先進国、途上国でも起きています。この問題でのフィリピンのポジションはどうなっていますか?

 

De Leon氏  : われわれは、例えば、インドネシアと共に、アジア開発銀行(ADB)から、石炭から再生可能エネルギーに転換するためのトランジションのファイナンス支援を受けています。トランジションボンドについては、日本が発行した場合、その経験から学ぶことができるかもしれません。われわれは投資家がそうしたボンドにどう関心を示すかを見なければならないと思います。もしそうしたボンドをより良い価格で発行できるようならば、サムライ市場でもその種の国債の発行を検討することができるかもしれません。ですので、たぶん、われわれは日本政府が考えている移行債の構想をフォローし、どう展開するかを見てから判断するかもしれません。

 

――サムライトランジション国債の発行というのは良いアイデアですね。

 

De Leon氏  : まずは日本政府の移行国債発行の結果を待ちたいと思います。繰り返しますが、そうした国債に対する投資家の需要がある場合に、検討したいと考えます。同時に、移行事業のために特定したファンドになると思います。フィリピンの場合、この種の大きな移行プロジェクトがまだないかもしれないですね。そうしたファイナンスの規模やそのための流動性がないかもしれません。ですから、われわれはまず、われわれの予算を(トランジションより)ESGファイナンスに集中すべき段階かもしれません。この種のプロジェクトの計画が増えてきたら、われわれも移行債の発行を考える適切で適切なタイミングになるのかもしれません。しかしもちろん、日本政府が移行債を発行することには、非常に興味があります。

 

――はい、もちろんです。日本とフィリピンの状況は異なっています。フィリピンや、その他の新興国は、まずグリーンプロジェクトの推進に焦点を当てるべきだと思います。グリーン事業を促進するほうが、国内のGHG総排出量の削減は容易だと思います。

 

De Leon氏  : フィリピンは、GHGの大きな排出国ではありません。ですから、(移行債の発行等は)われわれにとって高コストになるだろうし、実際にやっても重要なインパクトのあるような大きな削減には至らないと思います。

 

――フィリピンは、もうすぐ始まる日本の経験から学ぶことができます。それは社会および経済のネットゼロ社会への移行のための試練と経験の問題です。ネットゼロ社会への移行は、日本のみならず、米国や欧州諸国を含む他の先進国にとっても非常に重要で、かつ非常に挑戦的な課題です。

 

De Leon氏 : 今回、サステナブルファイナンス大賞国際賞を授賞できるという機会を与えていただき、誠にありがとうございます。繰り返しになりますが、この賞の表彰に感謝します。われわれは、より多くのことを行い、サムライ市場でのわれわれの存在感を、さらに稀有属できるようにし、もっとエンカレッジし、さらにできれば、より創造的でより革新的なサムライ国債を開発し続け、同市場で評価されることを期待しています。

 

                      (聞き手は 藤井良広:English version⇩)