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SBTi(科学に基づく脱炭素目標イニシアティブ)。企業の移行計画へのスコープ3算定で、自主的クレジットを認めるとする理事会の「独断」で「大混迷」。「科学性」への信頼揺らぐ(RIEF)

2024-04-23 17:13:28

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   企業のネットゼロ目標の認定等を行う民間機関のSBTi(科学に基づく脱炭素目標イニシアティブ)が混迷している。今月初め、企業が設ける移行計画に、自主的カーボンクレジットを含む「環境属性証明書(EACs)」を認める方針を発表した。それに対して、同機関のスタッフらが猛反発し、3日後に撤回する事態となった。市場やNGOらからは「SBTiの視点は本当に『科学的』なのか?」の疑問も出ている。SBTiはこれまでもその認定の在り方をめぐる「科学性」に疑問が示されたこともある。「科学」の概念のあり方と、民間活動の限界が改めて浮き彫りになった形だ。

 

 論議の的になったのは、今月9日に、SBTi理事会が温室効果ガス(GHG)排出量のスコープ3の算定に際して、自主的カーボンクレジットを含めた「EACs」の活用を認めると発表した点だ。従来、SBTiはGHG算定に際して外部購入のクレジットのカウントを否定してきた。本業での削減評価を基本とするためだ。

 

 これに対して、理事会の発表では「緩和ヒエラルキー(優先度)の原則を尊重し、Scope3排出削減の目的で、これらの証書が有効とみなされるための特定のガードレールと閾値を設定した適用ルールが必要」と指摘。「証明書付きクレジット」をスコープ3に算定する方針を示した。ただ、SBTiとしてクレジットの検証事業を手掛けることはしないとした。

 

 これまでSBTiでは、企業のGHG評価に際してクレジットの利用については、自社のGHG排出量と区分けして管理するとともに、企業の科学に基づく削減目標にはカウントしないという方針をとってきた。したがって今回の決定はクレジットの評価について「180°の転換」になる。企業にとってはネットゼロ目標に対するSBTi認定を取りやすくなり、SBTiにとっては、削減困難企業の移行計画づくりを促進できるので、双方に利点を見出せる改定、との狙いだったと思われる。

 

 しかし、同方針に対して、SBTiの認証業務などを担当する多くのスタッフが猛反対したとされる。SBTiのこれまでの認定基準の実質的緩和であるだけでなく、ここ数年、自主的クレジットについて、市場で信頼性に疑問が示され、特に自然由来のクレジット価格が暴落する等の課題が生じているのに、その「不安定なクレジット」を「科学的に」認める形になるためだ。

 

 「EACs」自体も恣意的に発行される懸念もある。SBTiの認定そのものに「水増し」の懸念が生じると、同機関の認定事業自体への信頼性が崩れかねない。何よりも、各国ベースのGHG削減政策が不十分な中で、グローバルベースで企業のネットゼロ目標づくりを何とか後押ししたいとの思いで活動に参加してきた現場のスタッフにとって、企業のGHG削減の「帳尻合わせ」に加担させられるのか、という不満が高まったようだ。

 

 内部からの猛反発を受ける形で、同機関の理事会は、発表から3日後の12日、「SBTiの現行基準に対する変更は行われない」とする追加発表を行った。Scope3に対する「EACs」の使用も、SBTi基準の改定も、すべて変更はなく、現行基準の通りで運営していく、とした。理事会の「完敗」宣言ともいえる。

 

 ただ、その一週間後の19日。理事会は改めて声明を発表した。それによると、今回の「EACs」認定をめぐる対応について、「気候変動緩和においてEACsが果たしうる役割を探求するための戦略的なかじ取りだった」「組織の標準的な運営手順を尊重しつつ、SBTiの戦略的方向性を定めるという権限に従って行動した」「重要なことは、市場手段を使用する可能性がある場合、近い将来および長期的に世界の排出量が確実に減少するようなガードレール、規則、閾値が含まれることを引き続き確保すること」等と述べている。

 

 玉虫色の表現だが、厳格な評価制度を担保できれば、EACsの活用は将来的(それも近い将来も含め)に活用可能なツールの一つ、と述べているようだ。「完敗」を早く認め過ぎて、誰かに怒られたのかもしれない。

 

 理事会の「緩和方針」とスタッフの「怒り」に挟まれる形で、同機関の技術アドバイザリーグループ(TAG)や化学アドバイザリーグループ(SAG)の専門家からも、辞任を表明する動きが広がった。専門家たちは外部の団体から集められており、TAGメンバーを務めるReclaim Financeのポール・シュライバー氏や、気候アクションネットワーク・インターナショナル(CAN)のStephan Singer氏らは早々と辞任を表明した。いずれもSBTiの信頼性を支える役割だったが、自らの信頼性を失う形となったためとみられる。

 

 SBTiは、2015年にWWF、CDP、世界資源研究所(WRI)、国連グローバル・コンパクトにより設立された国際的な共同イニシアティブとされる。SBTiは、企業が具体的にどれだけの量のGHGをいつまでに削減しなければいけないのかというガイダンスを作成し、企業が科学的知見に基づく目標(SBT: Science-based target)を設定することを支援する活動を主とする。

 

 同機関の設立資金は、アマゾンの創業者のジェフ・ベゾス氏設立のBezos Earth FundとスウェーデンのIKEA Foundationをコアファウンダーとし、Bloomberg Philanthropies、Climate Arc – Rockefeller Philanthropy Advisorsなどの欧米の財団が特定のプロジェクト支援の形で資金援助している。SBTiの収入は、これらの財団資金が45%、認定事業による企業からの収入が48%、特定プロジェクト収入が11%。スポンサー収入と企業からの収入が中心となっている。

 

 理事会は議長に、イタリアのエネルギー大手Enelの元CEOのFrancesco Starance氏が就任しており、その他の理事メンバーは、設立団体のWWF、CDP、WRI等の代表で構成する。組織自体は英国で登録されている非営利団体で、「責任投資原則(PRI)」と同様の位置づけだ。PRIも「国連支援」を銘打っているが、実態は英国の一非営利団体で、いわゆる英国流「非営利ビジネス」の「成功例」とされる。

 

 SBTiの「科学的根拠に基づくネットゼロ目標」の認定という活動に対して、世界の多くの企業が認定・コミットメントという形で参加している。今年4月8日現在、認定等を得ている企業は世界全体で7921社(日本企業は1091社)で、このうち世界4671社(日本企業923社)は、その排出削減計画がパリ協定の1.5℃目標に合致しているとの認定を得ているとされる。

 

 SBTi認定の「科学性」については、これまでも何度か議論になったことがある。2020年1月に、仏気候シンクタンクの「2° Investing Initiative (2DII)」は、SBTiの金融機関向けのSBT目標設定の作業のために招聘され、取り組んだ。だが、議論の末に、SBTiの「科学性」に基本的な疑問を抱いたとして、作業から脱退した。

 

 2DIIが問題提起したのは、例えば、投融資ポートフォリオから高カーボン資産を除外しても、実体経済への定量的な効果は現時点では評価できないのに、こうした目標を「科学に基づく(Science-based)」として投資家の目標に設定することは有効なのか、と疑問を提起し、話題になった。https://rief-jp.org/ct4/105899?ctid=

 

 2021年2月には、TAGメンバーの一員が、SBTiが使用するガイダンス手法の「科学性」をめぐって「内部告発」を行った。気候変動の影響を評価する手法として、当時、SBTiが採用していた手法に対して、その科学性を疑問視する研究論文が公表されたがSBTiは同手法を使い続けた。このため、同専門家は理事会に対して、現行のSBTiの手法は「裁量的で利益相反の懸念がある」と改定を求める公開書簡を送る騒ぎとなった。https://rief-jp.org/ct6/110982?ctid=

 

  企業のネットゼロ目標の設定を柔軟にしたいSBTiファウンダー等の支援財団の思惑、ビジネスとしてのSBTiの拡大展開を目指す執行メンバー、脱炭素化に向けて企業の行動を促したいスタッフ、科学的データが乏しい中で何とか理屈立てをしようとする専門家たち。それぞれの思惑の相違が、クレジットの評価をめぐって、組織全体のバランスを大きく揺るがせる事態になったといえる。その意味で、科学的に合理性を欠く要因をつなぎ合わせて構成できたかにみえるバランスは、いつかは崩れるという「科学的な結論」に至ったともいえそうだ。

                           (藤井良広)

https://sciencebasedtargets.org/news/statement-from-the-sbti-board-of-trustees-on-use-of-environmental-attribute-certificates-including-but-not-limited-to-voluntary-carbon-markets-for-abatement-purposes-limited-to-scope-3

https://sciencebasedtargets.org/news/update-19-april-2024-to-the-statement-of-the-sbti-board-of-9-april-2024