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「Transition Pathway Initiative(TPI)」議長のアダム・マシューズ氏、9月に退任。「企業のトランジション」の実践化を見定め、「新たなフロンティア」に転身(RIEF)

2023-07-24 01:23:46

Adammatthewsキャプチャ

 

   投資家や資産運用機関が企業の脱炭素の移行を後押しする非営利団体「Transition Pathway Initiative(TPI)」の議長のアダム・マシューズ(Adam Matthews)氏が、9月で交代する。同氏は2017年にTPIが設立されて以来、議長(最初は共同議長)の座にあり、今年で7年目。脱炭素へのトランジションに焦点が当たる中、トランジション活動を先行して手掛けてきたTPIの「顔」でもある同氏は「TPIのさらなる発展のために、新しい議長に引き継ぐ時がきた」として、自らは、新たに「Conflict(紛争)」関連分野での投資イニシアティブ確立に取り組むという。

 

 TPIは、英年金基金の「Church of England Pensions Board(CEPB)」のNational Investment Bodiesと、英環境庁年金基金等が主導して2017年1月に設立された。年金基金が投資先として抱える炭素高集約型企業が脱炭素に移行する際に、資産運用にどう影響を与えるかを調査・分析する民間イニシアティブだ。

 

 TPIの分析作業は英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)グランサム研究所が、調査データはFTSE Russelが、それぞれ提供するという英国の主要なサステナブルファイナンス関連機関の連携によって出発した。現在は、欧州の年金基金、資産運用機関等を含めて136の機関が参加し、参加機関の保有資金額は合計50兆㌦に達する。

 

 マシューズ氏はCEPBの最高投資責任者(CIO)を務める一方で、TPIの準備段階(96年7月)から Brunel Pension Partnershipの「最高責任投資責任者(CRIO)のFaith Ward氏らとともに、TPIの中心的役割を演じてきた。同氏は設立時にWard氏らと共同議長に就任。その後、単独で議長を務めて、現在まで実質的にTPIを牽引してきた。

 

 TPIは2022年6月に「TPI Global Climate Transition Centre」を新たに立ち上げた。同センターは、炭素集約型産業である電力、石油・ガス、アルミニウム、セメント、鉄鋼、自動車等のセクターごとの調査・分析データを資産保有機関・運用機関に提供するほか、各セクター固有の課題等も踏まえて産業ごとの移行計画を示すなどの活動を展開している。

 

 産業・企業の移行計画の立案は、今年6月に正式に公表された国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の気候・サステナビリティ開示基準の開示項目でも位置付けられている。したがって、24年以降、ISSBに準拠する気候・サステナビリティ情報開示を実践する企業は、TPIセンターのデータ・分析を活用し、移行計画を開示するところが増えるとみられる。マシューズ氏たちが率先して取り組んできた活動が、いよいよ実践段階に入ってきたといえる。

 

 けん引役のマシューズ氏にとっては「一仕事終えた」ということのようだ。同氏はTPIの理事会からも退任する。後任には、英大学退職年金制度の「Universities Superannuation Scheme(USS)」の前責任投資部門の責任者だったデビッド・ラッセル(David Russel)氏が就く。同氏は先月にUSSを退任したばかりだが、TPIの立ち上げ以来、ガバナンスメンバーに名を連ねており、TPIの活動は熟知している。

 

 同氏は7年間を振り返って、「TPIを創設し、牽引できたことは大きな名誉だ。その活動は常に(私一人ではなく)集団的な努力と、多くの人々の手腕によって進められ、今日の姿を形作ることができた。こうした協力がなければTPIは形を成さなかっただろう」と評価している。

 

 7年前、「トランジション」は資産運用の世界では「フロンティア」だった。今は脱炭素のトランジションの方向性は見えてきた。ただ、実践のアプローチとしては複数の選択肢が絡み合っている。「フロンティア」から「実践」への作業を旧知のラッセル氏に託し、マシューズ氏自身は、4月に自らが呼びかけ人となった「Global Investor Commission on Mining 2030」の議長として新たな道を拓くという。

 

 「Mining 2030」は、アフリカ等でレアメタル(希少金属)等の開発に伴い、国家間の紛争やコミュニティの破壊、労働者の人権侵害等が生じる問題に、投資家として取り組む新たなイニシアティブだ。コンフリクトミネラル(紛争鉱物)問題に対し、そうした原材料を活用する企業を投資先に抱える場合、ステークホルダーの投資家として、どう対応するかという点に照準を合わせた新たなイニシアティブの確立を目指すとしている。

 

  同氏は若いころ、アフリカの野生動物の取引に関する環境NGOの活動をしたこともあり、アフリカにも詳しい。すでに6月にはアフリカのモザンピークにも足を運んだという。投資家活動としての「新たな、厳しいフロンティア」に、意欲満々でチャレンジするようだ。

 

 サステナブルファイナンスの世界は気候分野だけではない。コンフリクト(紛争)をはじめ、環境・社会の両分野に多様に広がっている。そうした分野に関わる企業が投資対象となる場合、投資家は国や役所の対応を待つだけではなく、自らの判断のための活動を始めるというのがマシューズ氏のスタンスのようだ。

 

 英国・欧州では、サステナブルファイナンスの分野でも、マシューズ氏のように先頭を切る人材がいる。こうした人材を組織的に支える投資家、金融機関等も相当数存在する。しかし残念ながら、わが国は、現状維持を最優先する役所の旗の下に、投資家も、専門家(と称する人々)も整列して指示待ちの状況にある。彼我の取り組みの差は開く一方のようだ。

https://www.transitionpathwayinitiative.org/publications/2023-new-chair-of-transition-pathway-initiative.pdf?type=Publication

https://mining2030.org/wp-content/uploads/2023/04/Nominations.Commission.FINAL_26.04.23.pdf