HOME |気候危機加速で、個人の実質所得は世界平均で2050年までに19%減。欧米11%減、アフリカと南アジア22%減。少排出国に不釣り合いな打撃。早期対策で損害額6分の1に削減可能(RIEF) |

気候危機加速で、個人の実質所得は世界平均で2050年までに19%減。欧米11%減、アフリカと南アジア22%減。少排出国に不釣り合いな打撃。早期対策で損害額6分の1に削減可能(RIEF)

2024-04-21 01:06:02

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写真は、2021年7月にドイツで広範に起きた洪水の状況)

 

 温室効果ガス(GHG)の排出量増大による気候損害増で、個人の実質所得は世界平均で2050年までに現状から19%減少するとの推計結果が、ドイツの研究所の論文で示された。地域別では、欧米諸国が平均11%減であるのに対し、アフリカや南アジアの国は倍以上の平均22%減。これらの国々は、現在の所得が低く、CO2の累積排出量が少ないにもかかわらず、気候変動の影響による所得の減少幅が、歴史的な排出責任の大きい先進国より大きくなる「不釣り合いな打撃」を受けることになる。

 

 論文は、独ポツダム気候影響研究所(Potsdam Institute for Climate Impact Research)のマクシミリアン・コッツ(Maximilian Kotz)氏らのチームが執筆し、今月17日付の『Nature』誌に掲載された。

 

 気候変動による被害影響の予測は、これまでは長い時間軸における年平均気温や国別気温による影響を考慮して推計されることが多かった。これに対し、同研究チームは、過去40年間における世界の1600以上の個々の地域から得られた最近の経験的知見を用いて、気温と降水量によって生じる国ごとの気候災害の損害額の推計値を、日較差と極端値を含めて予測し、その損害額が世界各地域のインフレ調整後の実質所得をどの程度引き下げるかを試算した。

 

個人の平均実質所得の低下の地域別比較
気候変動による地域別の個人の平均実質所得減少の地域別比較

 

 同チームは、気象は、全国的現象というより、むしろ地域的な現象であるため、各地域の地域分けを細かくしてデータを集めた。気候災害の影響が数カ月から数年にわたって持続する傾向があることも考慮した。その結果、今回の予測では、従来のマクロ的な予測より概ね2倍、深刻な影響度が示されたとしている。

 

 地域別で、アフリカと南アジアが最も大きな悪影響を受ける理由としては、気候変動が農業の収量や労働生産性、インフラなど、これらの地域の経済成長に深く関わる重要な経済・社会要素に深刻な打撃を与えるためと考えられる。

 

 一方、北半球に位置する欧米諸国は、従来の予測では、気候災害が増えても、概して経済成長を続けると、比較的楽観的な推計が主だった。しかし今回の予測では実質平均所得は11%減となる。それでも、所得への影響度は、これまでのCO2排出量増大にほとんど寄与してこなかったアフリカや南アジアが受ける影響の半分程度にとどまる。気候変動に最も責任がない低所得の地域の人々が、最も悪影響を被る「不合理で不釣り合いな予測結果」になる。

 

平均実質所得の地域別の変動推移
地域別の気候変数の変化による一人当たり実質所得の減少予想値。低排出シナリオ(紫色)、高排出シナリオ(オレンジ色)

 

 論文では、2050年から2100年までの今世紀後半に起きる影響についても分析している。それによると、各国のGHGの排出量削減への取り組みが十分ではなく、今まで通りの経済活動を続けるとした場合、2100年までに世界の実質平均所得は現状より60%以上減少するとの推計になる。これに対して、今世紀半ばまでにGHGの排出量のネットゼロを実現できれば、所得の減少は今世紀半ばに世界平均で19%減に下がった後は、その後の50年間は安定して推移するとしている。

 

 今回の研究では、気候変動による気温と降水量の変化が及ぼす影響を試算したが、気候変動が及ぼす熱波、海面上昇、熱帯低気圧、自然生態系や人間の健康への影響予測などは分析に組み込まれていない。今後こうした要因も組み込んで推計すると、欧米とアフリカ・南アジアの所得の減少幅の差はさらに拡大するとみられる。

 

 論文では、気候損害額を毎年38兆㌦(5875兆円)と推計したのに対し、そうした損害を回避するために、気温上昇を、パリ協定の2050年までの目標のうち、緩めの「2℃目標」に抑えるために必要な費用を年6兆㌦(927兆円)と推計した。研究チームは、各国政府に対して、GHG排出削減継続のモチベーションを高めることが、合理的な政策につながる、としている。

 

 分析では、日本を含む東アジア地域の実質平均所得への影響は、アフリカや南アジアが受ける影響よりは深刻ではないとみるが、それでも世界平均と同等程度の20%近くの所得落ち込みが想定されるとしている。気候変動によって国民の「貧困化」がグローバルに広がる可能性が高いわけだ。そうだとすると、日本を含む各国政府は、気候損害額を想定額の6分の1以下のコストで回避するため、GHGの本格的な削減に正面から取り組むことが求められる。

 

 また、現状の所得水準が低く、気候変動の悪化継続による影響を強く受ける地域の国々での気候適応策を強化するための国際的な対応策が必要であることを示唆している。国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)では、これらの支援策として「ロス&ダメージ(損失と損害)基金」の創設が決まったが、改めて気候被害を最小化するために、先進国諸国から途上国への適応資金の流れを増大させる政策手段の強化が求められる。https://rief-jp.org/ct8/140039?ctid=97

 

 日本政府が推進するグリーン・トランスフォーメーション(GX)政策は、途上国の適応対策支援の視点を欠いているが、国会でもそうした面を是正しようという議論は皆無に近い。

                           (宮崎知己)

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07219-0