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ブラックロックCEOのラリー・フィンク氏、ESGの用語「もう使わず」宣言。米共和党系州の「反ESG」圧力と、民主党系左派の「ESG重視」圧力の『政治的板挟み』(?)(RIEF)

2023-07-01 15:09:34

Larry Finkキャプチャ

 

  各紙の報道によると、世界最大の資産運用会社、米ブラックロックのCEO、ラリー・フィンク(Larry Fink)氏が「『ESG』という用語はもう使わない」と発言、米国だけでなく、グローバルなESG市場に波紋を広げている。同氏の発言は、米国の共和党系州が「反ESG」の圧力を強めていることを受けたものとみられる。同氏はESGの用語を使わないとする一方で、「脱炭素やガバナンス、社会課題に取り組む企業への取り組みを企業に要請する」との姿勢に変更はないと強調している。

 

 ロイター等が報道した。同氏の発言は6月25日に、コロラド州アスペンで開いたイベントで示された。「ESG」の用語を使わない理由として、「同用語(ESG)は極右(保守強硬派)と極左(民主党系左派)が、ともに(相手に対する)攻撃材料として使うため」と説明した。

 

 脱炭素を推進する内外の動きが、石炭に続き、米エネルギー業界が軸とす石油・ガスからの脱皮も目指す勢いを増す一方で、これらの産業を抱える共和党系州を中心に、ESGを掲げる米欧金融機関を州の財政取引から除外する動きが鮮明化している。こうした環境下で、資産運用市場全体に影響の大きいブラックロックも、すでにテキサスやフロリダ州等で投資資金の引き揚げや州取引からの除外されるなどの影響を受けてきた。

 

 同氏は「政治的議論に巻き込まれたのは、恥ずべき事(ashamed)」と述べた。同氏は「ESG」の用語を使わないが、同用語が意味する環境、社会、ガバナンス課題を投資判断において考慮するスタンスを変えたわけではないとして、「(ESGの用語に代えて)コンシェンシャス・キャピタリズム(良心的な資本主義)を引き続き信じる」、「『ESG』のあいまいな用語を語る代わりに、脱炭素についてもっと多く語り、ガバナンス、社会課題についても、われわれが取り組みが必要と思う場合は、取り組んでいく」とした。

 

 同氏は、脱炭素や環境・社会課題については引き続き、これまでの投資スタンスを維持していくと強調することで、ESGを巡る政治的駆け引きから距離を置き、投資実務に専心することを明言した形だ。実際、BlackRockは、反ESGを掲げる複数の共和党系州から、「ESG投資の象徴」として、財政取引から除外される扱いを受ける一方で、実際には今も化石燃料企業への投資を続けている。

 

 同社の気候変動対策によると、化石燃料企業に対しては、投資を継続しながら、エンゲージメント活動としてエネルギートランジションへの取り組みを促すことで、投資と脱炭素化を両立させるスタンスだ。こうした方針で2030年までに投資対象の4分の3相当分を、温室効果ガス(GHG)排出量をネットベースで科学的に整合する目標まで削減する方針としている。

 

 したがってBlackRockにとって、「政治色」が色濃くなっている「ESG」の言葉を使わなくても、これまでの投資方針を継続するので、「煩わしい政治論争にこれ以上、翻弄されるのは金輪際にしてもらいたい」という宣言でもある。とはいえ、世界最大の資産運用会社が「ESG」の用語を意識的に“使わない宣言”をしたことの影響は少なくない。

 

 すでに国連が推進するネットゼロキャンペーンの一つである保険会社の「ネットゼロ保険同盟(NZIA)」からは、反ESG州の取引停止圧力を受けて、日本の3損保を含め約20社の大手保険会社が離脱している。主要な保険会社が、ESGに資する保険ビジネスを共同展開する国際キャンペーンから離脱したことは、高炭素排出企業の保険引き受け市場にすでに影響を与えているとされる。

 

 一方でESG推進の市場においても、概念があいまいなまま、名ばかりのESGを掲げる「グリーンウォッシング」や「ESGウォッシング」が幅を利かせている面も否定できない。ESG擁護を掲げる民間団体の中でも、ESGのビジネス面を重視するあまり、本来の配慮すべきESG要因への対応がなおざりになるケースも少なくないとされる。国連の持続可能な開発目標(SDGs)も、SDGsの言葉だけが広まり、実際の17の目標への対応が遅々として進まない環境にあり、「ESG用語のあいまいさ」と共通する。

 

 ESGの用語は、2006年に国連が「責任投資原則(PRI)」を民間活動として展開する際に初めて使われた。それまでは、企業価値の捉え方については、財務価値だけでなく、環境・社会の価値も踏まえた「Profit, People, and the Planet」の3つのボトムラインを踏まえる概念が主流だった。財務と非財務を統合評価する視点だ。

 

 その視点の重要性は理解できても、実際に財務・非財務を統合評価する手法は、当時はなかった。それに対して国連が掲げたESGの概念は、財務との統合ではなく、非財務要因の環境、社会、ガバナンスを統合評価する視点としてESGを提示した。投資先企業が抱えるESG要因を、機関投資家や資産運用機関が資産運用に際して、財務評価と合わせて評価する運動(PRI)を興すことで、資金の流れの評価に環境・社会分野への配慮を組み込もうという運動だった。財務との統合化は、そうした運用機関が自らの投資判断の中で行うという立て付けだ。

 

 こうしたESG評価には、統合化を期待される投資家ごとに判断の違いが必ずあり、「あいまい性」が漂う。それらの「あいまい性」を縮減するには、企業が抱える環境・社会面の情報を共通基準に基づいて開示することで、投資家等の評価力をアップさせる必要があるという判断から、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)による気候・サステナビリティ分野での国際共通情報開示基準作成の作業が始まり、ようやく6月末にISSBの基準が公表されたという流れだ。

 

 ISSBのフレームワークが国際的に認知されたのと時を同じくして、BlackRockが「ESG離れ」を宣言したことは、単なる偶然なのか。環境・社会分野での国際情報開示のルールが鮮明になることで、これまで以上に、脱炭素化の流れが明確化し、化石燃料産業・企業への将来の資金供給が細るとみられる中で、反ESG派の危機感が高まり、金融機関に対する圧力をさらに強めたとの見方もできる。

 

 標的になったとみられるBlackRockは、ESGの「名」を捨て、よりあいまいな「良心的資本主義(コンシェンシャス・キャピタリズム)」の用語に切り替えることで「危機回避」策を行使したということかもしれない。

 

 だが、あいまいさはさらに深まる。「コンシェンシャス・キャピタリズム」が「コンシャスネス・キャピタリズム(高い意識の資本主義)」と同じなのか、あるいは反SG派が目を光らず「ウオーク・キャピタリズム(Woke Capitalism : 社会正義に目覚めた資本主義)」の言い換えに過ぎないのか。
 こうした用語の議論が続くで、確かなことは、資本主義が抱える気候変動、生態系・自然破壊、プラスチック汚染、人権侵害等の環境・社会等へのインパクトは増大し続けているという点だ。これらのインパクトはあいまいではなく、確実に、地球と、われわれの経済社会の足元を脅かし、持続可能性を危うくしている。
                          (藤井良広)

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