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金融庁「サステナブルファイナンス有識者会議」報告書案を公表。情報開示ではIFRSの取り組み支持も、国内対応は示さず。タクソノミーには批判姿勢。トランジションは推進(RIEF)

2021-06-02 22:58:11

FSAキャプチャ

 

  金融庁の「サステナブルファイナンス有識者会議」はこのほど、報告書案を公開した。それによると、サステナビリティ情報開示ではIFRS財団の取り組みを支持する一方で、気候情報開示の義務化では、欧米で義務的開示の流れが進むことに対して、「継続的検討」という慎重な表現にとどまった。タクソノミーについても複数の課題を指摘、日本での取り組みは「様子見」の姿勢を示した。その一方で、グリーンではない炭素集約型企業へ投融資するトランジションファイナンスについては、分野別ロードマップを設定して積極的に推進する方針を示している。

 

 サステナビリティ情報開示については、「企業が投資家や金融機関と建設的な対話を進めるには、 サステナビリティ情報の開示が出発点。金融機関や投資家が投資判断に ESG要因を組み込むにあたっても、十分な情報開示が前提」と位置付けた。

 

 それを受け、IFRS財団が進めている国際 サステナビリティ基準審議会(ISSB)設立の動きを評価している。その一方でEUがサステナビリティ開示で打ち出している企業サステナビリティ情報開示指令(CSRD)を「主要国間の基準の分断化」の事例とした。

 

 ただ、CSRDは2014年に制定された非財務情報開示指令(NFRD)の改正案であり、元々、ISSBより先行している。米バイデン政権も先月、「気候関連金融リスクに関する大統領令を発し、サステナビリティ情報開示のうち気候分野を先行して国内で法整備を含めた取り組みを打ち出した。オーストラリア、カナダ、シンガポール、マレーシア等、多くの国がISSBとは別に、すでに国内の気候・サステナビリティ情報開示の基準化やフレームワーク化を進めている。報告書案の記述に沿うと、これらの国々も「分断派」ということになってしまう。

 

 現時点で想定されているISSBの枠組みは、あくまでも大枠のフレームワークとみるべきだろう。11月の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で発足が確認されたとしても、フレームワークや基準案を公表するのは来年以降になってしまう。TCFDの提言に基づき国内金融機関や企業の気候・サステナビリティ情報開示を促していくとの立場に立てば、TCFD提言を踏まえた国内基準化をまず進めることで、将来の国際的基準との整合性をとりつつ、国内のサステナブルファイナンス市場の育成・支援に資するというのが、本来の進め方ではないか。

 

 これに対して、報告書案は国内での情報開示作業を促すことはせず、ISSBの作業を「待つ」姿勢を示す形だ。その一方で、「サステナビリティに関する取組みの焦点は国や産業によって多様なので、それらが適切に表現され、評価され、更なる取組みの促進に繋がるような柔軟性を確保することも重要」と指摘。そのうえで「こうした観点を踏まえ、日本と しては、IFRSでの基準策定に積極的に参画すべき」とした。

 

 国際的なフレームワークづくりであるIFRSのISSBに「国別、産業別」の視点を盛り込むことを目指して取り組むと読める。そうだとすると、明らかにIFRSが目指す趣旨に反すると言わざるを得ない。国別の対応が必要ならば、報告書案が「分断派」としたEUのほか、他の諸国が取り組んでいるような国別の基準化作業を日本も踏襲し、その成果をISSBの議論に持ち込むことを提唱すべきではないか。産業別についてはISSBはすでにそうした配慮をする方向とされる。

 

 わが国もIFRSに倣う形で、企業会計基準委員会を設けており、財務会計については財務会計基準機構がある。IFRSの取り組みを支持するならば、財務会計基準機構と並行する形で、国内のISSBに相当する「サステナビリティ基準機構」の設置を求めるくらいの提言が必要だろう。しかも、実際に、国内でのサステナビリティ情報整備を考えると、そうした体制に移行する可能性は高いと思われる。金融庁、経済産業省は本来、そうした体制整備に取り組む姿勢を事前に明確化したうえで、ISSBの議論との関連付けを有識者会議に説明すべきだったのではないか。

 

 もう一つの論点であるタクソノミーについても報告書案は「残念な」提言にとどまっている。EUが先導するタクソノミーづくりについて「サステナブルファイナンスを推進する政策ツールとして可能性を秘めたもの」とする一方で、「その有効性を確保するには、いくつかの課題が解決される必要がある」と指摘している点だ。

 

 指摘する課題は、①基準設定に伴う科学性をいかに担保するか②中央集権的な基準設定に伴うコストや、高い頻度で見直しが行われなければ、各主体の判断が一方向に固定化されるリス クがある③市場ベースでのESG評価の活用等、より低コストで柔軟性を持つ他の代替的な施策の検討が必要――等をあげている。

 

 ただ、課題指摘だけに終わって、それに代わる代替案は示していない。結果として、「EU等の動向を注視するとともに、サステナブルファイナンスの国際プラットフォーム(IPSF)の議論に適切に参画していくことが望まれる」と、ここでも議論に参加することを勧めているだけだ。代替案を持たずに国際会議に出て何を提言しようというのだろうか。

 

 タクソノミーについては、米国がどう動くかは現時点では不明だが、EU以外の中国、ASEAN、カナダ、オーストラリア等がそれぞれ取り組みを進めている。報告書案はタクソノミーの評価ではあいまいだが、トランジション(移行)の取り組みになると、一転して積極的で具体的だ。「一足飛びのネットゼロ実現が難しい産業を含む全ての産業について最終的に カーボンニュートラルに到達するトランジションの取組みを適切に評価することで資金供給を促していくことが重要」。

 

 そのうえで、脱炭素に向けたトランジション戦略として、「温室効果ガス(GHG)多排出産業を中心に、パリ協定と整合的な分野別ロードマップを整備する」としている。ただ、「何がトランジションか」「どの産業がGHG多排出産業か」という点の見極めについての記述はない。むろん、脱炭素化に向かう中で、GHG多排出産業・事業をグリーン化するトランジションは重要だ。

 

 だが、そうした産業・事業の抱える気候リスクは通常以上に高い。金融機関にとって、そうした気候リスクの高い産業・事業への投融資に踏み切るには、役所が描くロードマップの作文だけでは、十分な担保にはならないだろう。どの産業がトランジションファイナンスの対象なのかを明確にするトランジション(ブラウン)タクソノミーの設定、金融的な評価が可能な移行プロセスの明示、移行リスクをヘッジする金融手段の開発・付加等が必要になる。

 

 そうした市場整備を伴うことで、トランジションファイナンスは金融機関にとって新たな利を生む市場に転じる期待が生まれるはずだ。トランジションに熱心な経産省と、有識者会議主催の金融庁は、もう少し知恵を絞って、トランジションファイナンスの現実化を示すべきだろう。そうでないと、EUや他のサステナブルファイナンスに取り組んでいる国々から「日本こそ、分断派」との批判を受ける可能性もあり得る。

https://www.fsa.go.jp/singi/sustainable_finance/siryou/20210528/01.pdf

                          (藤井良広)