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経済産業省、ネットゼロ政策として排出権取引制度の導入を提唱。ただし、国際基準の義務的制度ではなく、企業が選ぶ自主的枠組み。炭素集約型企業のトランジション政策に応用へ(RIEF)

2021-07-01 20:14:32

METIキャプチャ

 

 経済産業省は1日、「2050年ネットゼロ」に向けた政策の一環として、排出権取引制度の導入案を示した。経産省はこれまで同制度には否定的な立場だったが、「民間活力を引き出すカーボン・クレジット市場が必要」として、企業が自主的に参加する排出権取引市場の枠組み構築を提唱した。ただ、同制度は先行するEUのように、義務的参加によって取引需要が生み出されるものであり、財務省、環境省が目指す炭素税導入に対抗する意味が強いとみられる。

 

 同省は1日開いた「カーボンニュートラル研究会」で、「これまでの議論を踏まえた課題と検討の方向性」として、事務局案を示した。

 

 それによると、「我が国におけるカーボン・クレジット市場の必要性」として、①日本企業は世界の炭素削減に寄与するポテンシャルを保持②この技術を生かすには炭素削減価値に値付けし、大量に取引される市場が必要③上限規制があるか、自主的かにかかわらず、世界で市場作りが進んでいる④グリーン国際金融センター機能強化と連動して市場を創設し、アジアの拠点を目指す、としている。

 

 排出権取引市場については、③で義務か自主的かと掲げ、一応、選択の対象としている。だが、すでに各国で実施されている前例を見れば誰でもわかるように、義務的制度が主流であり、義務でないと制度は十分に機能しないというのが、理論的にも、実証的にも検証されている。

 

 経産省が例としてあげたEU、中国、米カリフォルニア州、カナダの一部の州等、あるいは隣の韓国、ニュージランド等、先行して導入している国はいずれも義務的制度だ。排出権取引制度の基本構造は、地域全体の排出総量を設定し、その総量に応じて地域内の排出企業に許容排出量を割り当てる仕組みだ。企業が割り当て分以上に排出する場合は、他の企業の余裕分をクレジットとして購入する取引を認めるため、排出総量は変らない。

 

 排出量の多い企業には、割り当て以内に削減するインセンティブが働く。それでも業容の拡大等で排出量が増える場合は、排出枠に余裕のある企業、あるいは企業努力で排出を削減できる企業から割り当て分をクレジットとして購入する。クレジットを販売できる企業は、新たな収益源を確保できる。

 

 これに対して、自主的な参加だと、削減が比較的容易な企業は参加するが、削減見込みに自信のない企業は最初から参加しない。そうなると、排出量の多い企業は制度に参加せず、対象地域全体の排出削減は十分に進まない。

 

 国際的に知られるほぼ唯一の「自主的制度」は東京都の排出量取引制度だろう。同制度は制度に賛同する事業所が自らの削減公約を掲げて参加する仕組みだ。同制度は継続しているが実際のクレジット取引市場は整備されていない。削減目標に届かなかった事業所は事実上、相対で排出枠を手当てする形だ。https://rief-jp.org/ct8/115756

 

 こうした同制度への理解はすでに国際的に共有されている。にもかかわらず、経産省は「自主的な枠組みを進めることも一案」として、「トランジション計画」の対象となる企業を前提に、企業・政府で枠組み構築⇒企業が自主的に賛同・実践⇒政府が賛同企業に環境整備⇒企業が取り組み状況を開示⇒優良企業には支援ーーという流れを描く。

 

 これは、炭素集約型企業の低炭素への移行に向け、政府(経産省)の方針に賛同する企業には、補助金を付与するので、自主的な制度に参加の手を挙げなさい、と呼び掛けているようなものだ。排出権取引制度の「日本版」宣言といえる。経産省の「提案」は排出権取引制度の基本部分をあいまいにしたうえで「アジアの拠点化を目指す」と結んでおり、政策の実現性を無視した論理展開に映る。

 

 同省がこうした「無理やりの政策」を公然と打ち出す背景には、本来、同制度をもっと早期に導入すべきだった環境省が、同制度導入を断念し、炭素税導入に切り替えたことも影響していると思われる。現在の環境省事務次官が財務省出身であるように、環境省と財務省の結びつきは強い。環境政策で経産省と対立することが多かった時代から、環境省は財務省の「庇護」を求める形でもあった。

 

 一方の財務省は財源確保を最優先する。一般消費税の引き上げが困難な状況下で、「炭素税」の名目で幅広い新税を国民に課したいとの思惑が透けて見える。炭素税自体は、理論的に昔からピグー税として、市場の失敗をカバーする公的政策として位置づけられている。しかし、国際的な課題である気候変動対策としての活用には限界があるというのが現状の理解であり、各国の政策対応がそれを示している。

 

 このように、わが国政府はそれぞれ縦割りの「省の思惑」を優先し、本来、政府全体の英知を集めて、もっとも合理的で効率的な政策を抽出すべき局面にあるのに、そうした見極めが後回しになっているといえる。新型コロナウイルス対策での関係省庁のちぐはぐな対応にも似て、「ネットゼロ」の旗印の周りで「霞が関」は、右往左往しているように映る。

                      (藤井良広)

https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_neutral_jitsugen/pdf/006_01_00.pdf