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住宅ストックの質、都市構造とカーボンニュートラル(倉橋透)

2024-04-26 16:03:52

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住宅・建築物、都市の省エネルギー

 

 わが国の2019年度の最終エネルギー消費量の部門別にみると、産業部門46.1%、運輸部門23.2%、業務他部門16.6%、家庭部門14.1%となっている[1]。家庭部門及び業務他部門の最終エネルギー消費は建築物分野の最終エネルギー消費量とされ、それらの合計は全体の約3割に及ぶ。つまり、省エネルギー等の取り組みが急務である。建築物・不動産分野では、新築住宅・建築物についての省エネルギー基準やZEB/ZEH基準適合、また不動産会社のグリーンボンド発行などは話題になるが、膨大な量を占めるストックの省エネルギーについて語られることは相対的に少ない。

 

 一方、2023年7月に香川県高松市で行われたG7都市大臣会合コミュニケでは、「エネルギー関連の CO2排出量の70%、エネルギー需要の3分の2を都市が占めているという事実(IEA, 2016)にかんがみて、気候変動という世界的な課題 に取り組み、都市がネット・ゼロの目標を達成し、気候変動の影響に耐え、レジリエンスを構築することを支援・奨励するために、都市大臣は重要な役割を果たす[2]」とされており、産業部門・運輸部門・建築物部門という切り口とはまた別の、「都市」という視点で考えることも重要である。

 

 わが国では、都市と緑という点では、現在、神宮外苑の再開発問題に注目が集まっているが、上述のコミュニケでも取り上げられている「土地利用と都市構造の再編」、「交通、モビリティ、ウォーカビリティ」、「土地利用政策と交通政策の一体化」は非常に重要である。本稿では、住宅ストック、また都市構造の再編という観点から、カーボンニュートラルを目指す上での課題を考えてみたい。

 

既存建築物に対する省エネルギー水準に基づく規制

 

 わが国の第6次エネルギー計画(2021年)では、2050年に建築物のストック平均でZEH、ZEB水準の省エネ水準の確保を目指す、2030年度以降に新築される住宅、建築物についてはZEH、ZEB水準の確保を目指すこととされた。

 

 また、「建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律」(改正建築物省エネ法、2022年4月)では、2025年度以降、全ての新築の住宅、非住宅に建築物消費エネルギー基準(建築物の省エネ基準)適合を義務づけている。住宅金融支援機構のフラット35Sでは、2023年4月から同法の施行に先駆けた取り組みを行っている。

 

 しかしながら、既存の建築物ストックに対する省エネルギー性能に基づく規制までは行っていないのが現状である。

 

 海外をみると、ヨーロッパ各国では、エネルギーパフォーマンス認証(Energy Performance Certificate、EPC)の制度がある。英国のイングランド、ウェールズの場合、建築物を建築、売却又は賃貸する場合にはEPCを作成すること、EPCにより建築物のエネルギー効率性をA(最も効率的)~G(最も非効率)の範囲で示すこと、認証したEPCは10年有効とされている。なお、イギリス政府の文書[3]によれば、EPCの作成のための費用は、規模、立地、建築年数により異なるが、家庭用で50ポンドから120ポンド、非家庭用で155ポンドから1200ポンドとされる。

 

 こうした建築物のレーティングに基づき、既存ストックに対する規制(Minimum Energy Efficiency Standards: MEES) も行われている。民間賃貸住宅のMEESによる規制では、2020年4月1日以降、EPCでF又はGの低い格付けを受けた物件は、特例がない限り、新たに賃貸する又は賃貸を続けることはできなくなった[4]

 

 業務用の民間賃貸物件についても、MEES規制により、2018年4月1日以降EPCでF又はGの物件は、特例がない限り、新たな賃貸又更新ができなくなった。さらに、2023年4月1日以降は、賃貸を続けることができなくなった[5]

 

 以上のように、海外では既存建築物に対してエネルギー性能に基づく規制が行われている事例があるが、わが国ではそうした規制を導入する環境には未だないように思われる。以下、住宅ストックに即して論じてみる。

 

住宅ストックの質の現状

 

 まず、総務省統計局「平成30年(2018年)住宅・土地統計調査」により、建築年別に省エネ機器等の普及状況をみてみる。

 

 図1は、建築年別の「省エネ機器等なし」の住宅の割合%である。

 

(注)1.総務省統計局「平成30年(2018年)住宅・土地統計調査」による。    2.母数は、居住世帯ありの住宅である。    3.「太陽熱水機器等なし」は「太陽熱を利用した温水機器等なし」の割     合、「太陽光発電なし」は「太陽光を利用した発電機器なし」の割     合、「二重以上のサッシ等なし」は「二重以上のサッシ又は複層ガラ     スの窓なし」の割合である。
(注)1.総務省統計局「平成30年(2018年)住宅・土地統計調査」による。
   2.母数は、居住世帯ありの住宅である。
   3.「太陽熱水機器等なし」は「太陽熱を利用した温水機器等なし」の割
    合、「太陽光発電なし」は「太陽光を利用した発電機器なし」の割
    合、「二重以上のサッシ等なし」は「二重以上のサッシ又は複層ガラ
    スの窓なし」の割合である。

 

 太陽光発電については、ごく近年の建築を除いては9割以上の住宅で同機器が備えられていない。二重以上のサッシ等については、比較した3つの指標の中では最も備わっているものの、建築年2000年以前の住宅に限ってみると、約8割の住宅で「無し」となっている。建築年2000年以前の住宅は約3200万戸、住宅の59.5%を占める(居住世帯のある住宅のみ。空き家等の居住世帯のない住宅を除く)。

 

 表1の数値は5年以上前の調査によるものであり、また住宅金融支援機構の省エネのための低利融資や国の「住宅省エネキャンペーン」において「先進的窓リノベ事業[6]」などが行われているところである。状況が改善していることを強く期待したい。

 

 しかしながら根本的には、エネルギーに限らずわが国の住宅ストックが抱える問題に触れざるを得ない。

 

(注)1.総務省統計局「平成30年(2018年)住宅・土地統計調査」による。    2.母数は、居住世帯ありの住宅である。
(注)1.総務省統計局「平成30年(2018年)住宅・土地統計調査」による。
   2.母数は、居住世帯ありの住宅である。

 

 

 図2は、腐朽・破損ありの住宅の割合である。わが国の住宅は、建設年数の進んだものについては、省エネルギーどころか維持・修繕も十分行われていないものもあることがわかる。

 

わが国の住宅ストックの水準をめぐる本格的な取り組みと今後

 

 そもそも、最低限の規制である建築基準法で定められている現場における完了検査すら十分に行われていない時代があった。1990年代でも、現場における完了検査が行われず(1998年度の完了検査率は約4割にとどまっている[7] 。問題のある住宅もあったと思量される。建築確認・検査は、1998年の建築基準法改正により民間機関でも行われるものとされ、その後に完了検査の実施率が向上し、違反建築物件数が大幅に減少した[8]。住宅性能表示制度(任意)等を定めた「住宅の品質確保の促進等に関する法律」が成立したのが1999年であった。

 

 このようにみると、住宅を含めて、わが国での建築物の質・性能向上への本格的な取り組みは、ここ20数年のことといえる(もちろん、住宅建設5ヵ年計画における、平均居住水準、誘導居住水準などの取り組みはあったが)。それに加えて、上に指摘したような維持・修繕も十分に行われていない住宅ストックが存在する。

 

 問題は、省エネルギー水準の低い膨大な住宅ストックをどのように、更新・改修していくかである。住宅ストックとして使い続ける以上、エネルギーを使い、CO2も排出するので、気候変動の上で望ましくない。ただ、それを解体・建て替えする場合にも温室効果ガスの発生等の気候変動上の負荷は発生する。そのバランスをどうとるのか熟慮を要する問題であろう。

 

都市構造とカーボンニュートラル

 

 都市構造とカーボンニュートラルも議論されるべきテーマである。

 

 わが国についてみると、2012年に定められた「都市の低炭素化の促進に関する法律」においては、「緑・エネルギーの面的管理・利用の促進」、「建築物の低炭素化」と並び、「都市機能の集約化」(この中に「歩いて暮らせるまちづくり」が含まれる)や「公共交通機関の利用促進等」があげられている。また、2021年に改定されて、閣議決定された「地球温暖化計画」においても、「都市のコンパクト化と公共交通網の再構築(コンパクト・プラス・ネットワーク)」が掲げられている[9]。そして、多くの都市で「立地適正化計画」に基づきコンパクト・プラス・ネットワークを目指した取り組みが行われているところである(もちろん、「立地適正化計画」はカーボンニュートラルのみを目的とするものではないが)。

 

 谷口他(2008)は、わが国の都市を対象として、都市構造が自動車CO2排出量に与える影響について分析し、「都市構造が自動車CO2排出量に及ぼす影響力は、人口密度には劣るが基本的に有意な影響が見られた」との結果を得ている[10]

 

 国際的な研究も行われている。OECD(2013)は、「都市の人口密度が高いほど、交通へのエネルギー使用量また交通からの一人当たりCO2排出量が低くなる」、「都市地域の密度が高いほど1人当たり電力需要が下がる傾向にある」という研究を紹介し、「コンパクトシティ政策は都市人口密度を高めることで交通を通して、また交通以外でも環境面の利点がある」としている[11]

 

政策手段-空き家の土地の活用

 

 世界銀行グループによると、「都市全体の高さを倍にすることで、他の都市と比較して人口は約16%増え、土地面積は19%減少する」、「土地開発を抑えることで肥沃な農地の保全につながる」、「よりコンパクトな都市形態は、PM2.5の排出削減になり、健康や生産性の上で有益である」という[12]

 

 しかしながら、都市の高さを高く(都市計画的に最も想起されるのは容積率の緩和)することだけで、コンパクトシティが実現するというものではなかろう。わが国地方都市の中心市街地で広がる「シャッター街」をみると、土地利用需要そのものが減退しており、例え、指定容積率を引き上げても利用に直結しないのではないかと考えられる。

 

 筆者は、需要面も含め現状の容積率で低利用、未利用となっている土地を有効活用することをまず検討すべき、と考える。利用がされていない土地として、まず思い浮かぶのは中心部にある空き家の敷地である。

 

 「空き家等対策計画」が各都市で策定され、実行されているところである。しかしながら、同計画が立地適正化計画とリンクし、立地適正化計画の居住誘導地域を十分意識して、「まちなか居住」を促進するという方向性を必ずしも打ち出せていないように思われる。

 

 表1は各地方公共団体の空き家等対策計画において、居住誘導地域等が意識されている事例である。

 

 

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 空き家等対策計画に、立地適正化計画が意識されていないものも多く見られ、地方公共団体の内部でコンパクトシティ形成の意識の共有が十分でないものと思われる。空き家対策(所管する部署は、建築担当などさまざまであるが)と都市行政の連携を図っていく必要がある。

 

カーボンニュートラルに向け求められる地方公共団体内の政策の一体性、行政と市民との対話

 

 2050年CO2実質排出量ゼロの取り組むことを表明した地方公共団体は増えているが[13]、各地方公共団体の計画をみると都市構造に言及されていない例が見受けられる。ここでは、環境行政と都市行政の連携が問われる。

 

 カーボンニュートラルの推進については、関係する行政分野は非常に広いものであり、部署間の連携、政策の一体性の確保が特に求められる。縦割りになってはいけない。また、多くの市民、企業の理解と参画が必須であるから、タウンミーティング等を積極的に開催し、対話を進める必要がある。ボタンの掛け違いや社会の分断を招くような事態は避けなければならない。

 

 

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(注)

[1]https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/2-1-1.html

[2]https://www.mlit.go.jp/report/press/content/Communique_JA.pdf

[3] (Ministry of Housing, Communities and Local Government、Energy Performance of Buildings Regulations 2012 Implementation Reports(2020)、https;//assets.publishing.service.gov.uk/media/5ebd4b97d3bf7f5d3ff86a7e/Implementation_Report_-_EPB_Regs_2012.pdf

[4] (イギリス政府ホームページ、https://www.gov.uk/guidance/domestic-private-rented-property-minimum-energy-efficiency-standard-landlord-guidance

[5] (イギリス政府ホームページ https://www.gov.uk/guidance/non-domestic-private-rented-property-minimum-energy-efficiency-standard-landlord-guidance

[6]https:// jutaku-shoene2024.mlit.go.jp

[7] 国土交通省資料 https: //www.mlit.go.jp/common/001279404.pdf

[8] (国土交通省「2005年度国土交通白書」)

[9] (佐々木正「カーボンニュートラルに着目した都市施策の再構築とその評価等に関する問題提起」国土技術研究センター、2023年、https://www.jice.or.jp/cms/kokudo/pdf/reports/recital/2023/gj2023_04.pdf

[10] (谷口守、松中亮治、平野全宏「都市構造からみた自動車CO2排出量の時系列分析」、日本都市計画学会『都市計画論文集』No.43-3,2008年10月、pp.121-126)

[11] (OECD「OECDグリーン成長スタディ コンパクトシティ政策 世界5都市のケーススタディと国別比較」2013年、日本語版pp.59-63 http;//www.doi.org/10.1787/9789264180314-ja

[12] (World Bank ”Thriving- Making Cities Green, Resilient, Inclusive in a Changing Climate” Megha Mukim Mark Roberts editors, 2023年のp.234参照 https:// openknowledge.worldbank.org/bitstreams/0a323ecc-c5ad-46f0-884b-fe3be48e4b63/download )

[13] (環境省 https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html

 

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倉橋 透(くらはし とおる)

東京大学経済学部卒業。ケンブリッジ大学土地経済学研究科修士課程修了(M.Phil.)、東京大学博士(工学)。1981年建設省(現:国土交通省)入省。経済企画庁、海上保安庁等を経て、獨協大学経済学部教授・副学長。2014年度から2023年度まで住宅金融支援機構事業運営審議委員を務める。