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パリ協定のNDC見直しを先送りした政府・環境省(藤井良広)

2020-04-01 00:21:51

COP251キャプチャ

  安倍政権の地球温暖化対策推進本部は3月30日、パリ協定に基づき国連に再提出する2030年の温室効果ガス排出削減目標を、現行の「13年度比26%減」のまま据え置くと発表した。新型コロナウイルス感染の恐れもある中で、会議は開かず、持ち回りで決定した。発表文では、「新たな削減目標の検討を、次回のパリ協定上の5年ごとの提出期限を待たずに実施する」との文言を入れた。だが、その実行性を担保する措置は何もない。

 パリ協定を批准した各国は、国別対策貢献(NDCs)を2020年までに通報または更新することを求められている。その締め切りは同年のCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)の9~12ヶ月前と規定されている。11月のCOP26から逆算すると最終締め切りは2月末だった。だが、安倍政権は、締め切りを過ぎても動かず、コロナウイルス感染問題への国民の関心が盛り上がる間隙を縫うようにして、「見送り」方針を公表した。

 環境省の発表文を読むと、「現状維持」や「見送り」の言葉は使われていない。代わりに、「現在の地球温暖化対策の水準から、更なる削減努力の追求に向けた検討を開始する」としている。「何かが始まる」と期待されるような表現だが、実は何も始まらない。

 MOE11キャプチャ

 発表文は、①現在の中期目標(2030年度26%削減(2013年度比))を確実に達成②その後の新たな削減目標の検討は、エネルギーミックスと整合的に、温室効果ガス全体に関する対策・施策を積み上げ、意欲的な数値を目指す③長期目標は、昨年の「長期戦略」に基づき、2050年にできるだけ近い時期に脱炭素社会を実現できるよう努力するーーとする。http://www.env.go.jp/press/107941.html

 夏休みの宿題を締め切りまでに提出できなかった生徒が、今後の5年間のうちに「野心的な作品」を提出するから見逃してくれ、と担任の先生に言い訳している姿にも映る。賢明な先生は、そうした苦し紛れの生徒の言い訳をこれまで何度も耳にしており、笑うしかないだろう。

 「口先ばかりの言い訳」に、国際社会も笑って見過ごしてくれるだろうか。先進7カ国首脳会議(G7)の中で、日本は唯一新設石炭火力発電の推進国として知られている。さらに言えば、G7の中で温室効果ガス排出量は米国に次ぐ第2位(世界全体では5位)の排出大国でもある。

 日本の排出割合は世界全体の3%台で、15%前後の米国に比べれば小さい。環境省は2018年度の排出量は、13年度比11.8%減、05年度比10.0%減と削減が進んでいると説明する。だが、京都議定書目標(2012年までに90年比6%削減)に比べると削減率は3%減でしかない。京都議定書の宿題を棚上げにしたままなのである。

日本のGHG排出量の推移
日本のGHG排出量の推移

 国内の目もそれほど優しくはないのではないか。コロナの不安と恐怖に直面する多くの国民は、目先の不安感を「人質」にして、どさくさ紛れに、やるべきことを先送りする安倍政権のやり口を、好ましいと思ってはいないだろう。「うまくすり抜けた」と思っているのは、自らの責務を棚上げにして恥じ入らない政治屋と、国民に目を向けないエセ官僚たちだけではないか。

 現行の各国のNDCs目標では、パリ協定の1.5〜2℃目標を達成できないのはすでに明らかになっている。国連によると、「2℃目標」の達成には、2020年のうちに、2030年までの各国のNDCsの排出削減水準を3倍に、「1.5℃目標」のためには5倍以上に引き上げる必要があると報告している。日本政府はこうした国連報告を熟知しているはずだ。

 すでにEUは、2030年目標を現行の40%削減(90年比)から上積みし、50~55%に引き上げる方向で域内調整を推進している。2050年ネットゼロ目標を、単なる旗印ではなく、実際に達成するためのものとし、そこへのロードマップを描くと、2030年の目標引き上げは自ずと避けられない。

 パリ協定から離脱している米国は、トランプ政権が再選されると、協定に戻る可能性はほぼゼロになる。しかし、そうなると、EUや日本等が担う削減責任は逆に高まることになる。民主党の大統領が選ばれると、パリ協定への復帰とともに、30年削減目標の引き上げが俎上に上ってくる。どちらにしても、日本が「5年間の猶予」を甘受できる国際環境にはないはずだ。

 単に将来の見通しの問題ではない。すでに昨年の台風15号、19号の災害被害をはじめ、ここ数年、日本で毎年発生する大規模な災害は、明らかに温暖化の加速による気候変動で倍加されている。台風15号、19号の被害額は合計2兆~2兆6000億円と、昨年の世界全体の主要な自然災害の被害額の1割以上を占めた。日本は温暖化加速の甚大な被害国なのに、国の温暖化対策は「貧弱」なままで、国民の被害が増大しているのである。https://rief-jp.org/ct4/97649

台風19号の被害は甚大だったが、毎年発生する懸念も。
台風19号の被害は甚大だった。今後も、毎年大規模災害が発生する懸念も。

 環境省の発表文の中で、「正しく」示されているのが、「エネルギーミックスとの整合性」への言及だ。経済産業省は、エネルギー基本計画改定につながる第6次エネルギー基本計画を2021年に確定する方向という。NDCはそれと整合させる必要があるため、今年は決めたくないというのが役所同士の約束事なのだ。世間的には、環境省はNDC改定に前向きだったが、経産省が後ろ向きだった、との「綱引き論」が語られる。だが、実態は、それぞれの役所が自分たちの行政権限を守り合い、メンツを立て合うという霞が関官僚による「現状維持シナリオ」の結果でしかないとみるべきだろう。

 温暖化の影響で激甚化する自然災害で、国民と国土が毎年のように被害を受けている「今」を見ず、温暖化加速による被害拡大を推計する科学的データが示す「将来」も見ず、役所同士の政策の住み分けを優先し、仕事をしたつもりになっているのは両省のみではないだろう。我が国のコロナウイルス対策も、国民の健康管理とリスク管理をなおざりにしてきた国家の薄っぺらさを浮き彫りにしている。今回の事態を直視して、国民の多くは、この国の国策のお粗末さに気づいてしまったのではないか。

 そもそも、現状のわが国の「13年度比26%減」のNDC目標自体、科学的な目標からほど遠い。2℃目標とも、1.5℃目標とも連動しておらず、「各省の施策・対策を積み上げた地球温暖化対策計画に基づくもの」(環境省)という。2℃や1.5℃を達成するためにバックキャスティング方式によって、どの発生源をどれくらい削減するかといった手法ではない。今ある発生源で削減可能と、各省庁が報告したものを足し合わせただけなのだ。

 こうした積み上げ方式では、経済性、技術性のカベは乗り越えにくい。環境省はそうした実態を知りながら、一方で、企業には2℃目標等への対応度の情報公開を求めるTCFD提言や、企業が事業活動で使う電力を100%再エネ発電化するRE100イニシアティブなどを、政策的に推進している。民間企業には「2℃」あるいは「1.5℃」の目標を求めながら、国全体では将来へのシナリオもなく、旧来の積み上げ方式でお茶を濁す、という非科学的政策を平然と推進しているわけだ。利権と保身にしか目が向かない官僚たちに、国民・国土を守る「野心」を期待する方が無理なのかもしれないが。

 藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 日本経済新聞元編集委員、元上智大学地球環境学研究科教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。