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「水俣病公式確認61年」が「東電福島事故後6年」に重なる産業公害の系譜(藤井良広)

2017-05-08 00:22:02

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  ゴールデンウィークが終わり、世の中は「仕事モード」に戻った。連休中に気になったニュースがあった。5月1日に熊本県水俣市で、水俣病が公式に確認されてから61年目を悼む犠牲者の慰霊式が行われたことだった。

 

  水俣病は、日本の4大公害事件の一つ。原因企業のチッソは酢酸エチルの原料として製造してきたアセトアルデヒドの製造過程で生じるメチル水銀を含んだ排水を、長年にわたって未処理のまま水俣湾に排出し続けた。それが湾内の魚類の体内で生体濃縮され、魚類を食べた沿岸住民が有機水銀中毒に侵された。

 

 同様に企業が廃棄物を無処理のまま排出して、公害を引き起こした事件は、富山のイタイイタイ病(原因企業は三井金属鉱業)、新潟水俣病(昭和電工)、さらに四日市でのコンビナート企業による集団大気汚染が知られる。水俣病は、熊本県水俣市の医師が、突然歩けなくなるなどの症状が出た現地の姉妹を保健所に届け出た5月1日が、公式確認の日となっている。


 水俣病の認定患者は、熊本と鹿児島の両県でこれまでに2282人。うち1909人が亡くなっている。死亡率8割を超す。だが、耳を疑うのが、61年を経ても両県で依然2104人が認定を求めて審査を待っていることだ。さらに1510人がチッソや国、熊本県に損害賠償を求めて裁判を続けている。

 

 実はイタイイタイ病でも、高齢化した未認定患者の救済問題が未処理のまま残っている。新潟水俣病でも705人の認定患者に加えて、認定を待っている患者数は164人を数える。昨年5月には裁判所が、新潟市が住民からの患者認定の申請取り消した措置の一部を取り消し、認定患者7人を追加する判決が出ている。つまり、少なくとも四日市公害を除く3大公害では被害者救済は現在進行形であり、解決しきっていないのだ。

 

 こうした事実を、大学での講義で紹介したところ、中国からの留学生から「原因企業はどう罰せられたのですか」と問われた。

 

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 チッソは、2011年に補償金業務を主業務とするチッソと、液晶や電子部品等などの成長事業を抱えるJNCとに分離する改革を実施した。JNCは毎年、新規採用も実施、成長企業となっている。留学生の問いへの答えは「チッソは生き続け、中核事業は新たに再生した」となる。

 

 イタイイタイ病を引き起こした三井金属鉱業も、新潟水俣病の昭和電工も、それぞれ大企業として隆々とした活動を展開している。三井金属と被害者団体は2013年に「全面解決」と称する合意を交わした。しかし、その後も、高齢化した被害者の体調不良が重金属汚染によるものか、年齢による体調悪化なのかが線引きできない状態が続き、苦悩する住民らは世間からも忘れ去られようとしている。

 

 両社の最新のCSR報告書を開いたところ、三井金属では「イタイイタイ病」についての記述は全くない。昭和電工は5行分の記述がある。だが、被害者の認定問題が今も続いていることについては全く触れていない。

 

 一方、チッソから分離したJNSは、今年の入社式で社長が「水俣病の発生は最大の痛恨事」と述べている。ただ、現状認識としては「皆が一丸となって責任の完遂を行っている。これは誇りにしてよい」と胸を張っている。認定問題は「わが事ではない」ということのようだ。

 

 

 こうした現実を説明すると、留学生は「そうなんだ」と、ちょっと首を傾げ、横を向いてしまった。そうだよね。何か変だよね。

 

 4大公害事件の後、政府は環境庁(現在の環境省)を設立した。その環境省は「日本は未曽有の4大公害事件を起こしたが、その後、被害者救済のほか公害対策も、徹底して実施し、公害対策先進国になった」と内外にアピールしてきた。

 

 だが、誰もが気付くのは、認定問題が今も続くのに被害を起こした原因企業が、破たんもせず、むしろ政府から支援を受けて永続し、さらには発展している点だ。政府が原因企業を支援してきたのは、原因企業がつぶれると被害者への補償が滞る、との論法だった。

 

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  最近も、こうした論法を聞いた気がする。そう、福島原発事故を引き起こした東京電力への政府支援の理由だ。放射能汚染地から避難を余儀なくされた人々への補償、事故廃炉の追加費用等、原因企業が負担すべき費用を、政府が「東電をつぶすと被害者への補償が滞る恐れがある」との理由で、政府負担を積み増している。

 

 水俣病をはじめとする公害事件と、東電の原発事故が共通するのは、「補償継続」を大義名分として、被害者救済よりも原因企業の維持を優先してきた点である。こうした公害・環境汚染への責任の取り方の構造は、明らかに欧米先進国の手法ではない。

 

 米国では、企業に評判の悪い土壌産業汚染対策の「スーパーファンド法」がある。同法では汚染処理費用はどんなことがあっても、汚染企業に負担を求め、汚染企業が不明あるいは倒産している場合などは、金融機関を含めた関連企業の共同責任を徹底追及する仕組みとなっている。

 

 汚染原因企業はすべての資産を投じて、被害救済を優先することが求められ、補償負担で倒産することも当然とされる。原因企業が倒産した後、関連企業の共同責任でもカバーしきれない負債が残る場合に初めて、政府が負担(税金で)する。これが、市場経済の基本の原理で、資本主義の先進国では、当たり前の制度なのである。

 

  日本が「原因企業支援」の公害・環境対策を継続してきた背景には、政府が口外したくない二つの理由があるように思える。一つは、原因企業を存命させることで、原因企業を長年、放置してきた政府の政策責任への非難をかわすことができるという点。チッソも、東電も事実上の国策会社だったとの共通点がある。

 

 もう一つは、公害被害も放射能被害も、人体への健康被害の影響度を、人為的な認定基準で見極めることはほぼ不可能、という点だ。にもかかわらず、そうした基準を政府が導入して、直接的には原因企業の補償コストの削減を図り、間接的には政府の負担を軽減しようとしてきた疑念がある。これも現下の東電事故対応での政府の姿勢と重なる。



 環境省が掲げる「公害対策先進国」のキャッチフレーズは“虚構”と言わざるを得ない。環境省自体が、政府の政策責任をカバーアップするための組織的存在では、との思いも脳裏をよぎる。水俣病からイタイイタイ病、さらに東電福島事故へと続く産業公害事件の「負の系譜」を、政府任せにしてきた、われわれの「不覚の責任」も、もはや言い訳にはならない。

 

 1日の水俣市で山本公一環境相は「高齢化する被害者と支える家族が、安心して暮らせる社会を実現できるよう責任を持って取り組んでいきたい」と述べたという。環境相は、水俣病だけで2000人を超す認定待ち住民の「安心」についても、念頭に置いて発言したのだろうか。

                  (藤井 良広)

 

藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 大阪市立大学卒、日本経済新聞元編集委員、上智大学客員教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。