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「ネットゼロ」実現へESG投資の役割(白井さゆり)

2021-03-22 12:05:09

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 近年、世界の投資家の間で、環境(E)や人権問題など社会的課題(S)や企業統治(G)に配慮した企業に投資を増やす動きが広がっている。企業がESGを重視すると言っても、企業の行動はそう簡単には変わりにくいため、投資家の行動を変えることで企業に変革を迫るというのがESG投資の狙いである。

 

 日本サステイナブル投資フォーラムによれば、日本のおける年金・保険会社などの機関投資家や資産運用会社によるサステイナブル投資残高は約310兆円になる。年金・保険会社・証券会社・証券投信の金融資産合計額の4分の1を占める。このほか、預金取扱機関の保有資産は2000兆円ほどあるが、大手銀行を中心にサステイナブル投融資の拡大が進む。ESG投資はインパクト投資や特定のテーマ型の投資等とともにこうしたサステイナブルファイナンスに含まれる。

 

 ESG投資は世界でも日本でも急成長してはいるものの、課題解決に向けて企業の行動が大きく変わるまでには至っていない。SDGsの達成への影響もまだ限定的である。ESG投資が拡大し影響力をもつには、政府による信頼できるネットゼロ目標に向けた道筋と戦略が必要なことは言うまでもない。そのうえで、企業意識の変革や情報開示の改善、エンゲージメントやガバナンスの強化が必要だ。本稿では気候変動つまり地球温暖化に焦点を当てて、最近の動向と課題について論じたい、

 

ESG投資拡大を導いた国際イニシアチブ

 

 ESG投資拡大の背景には、幾つかの国際イニシアチブがある。まずは企業に対して、2000年に国連主導のグローバル・コンパクト・イニシアチブが発足し、人権・労働、環境、腐敗防止等に配慮した経営を求めるようになった。次に、機関投資家や資産運用会社を対象に2006年には国連責任投資原則が掲げられ、従来のリスクとリターンの他、ESGも勘案して「責任ある投資」を呼びかけた。2015年には国連持続可能な開発目標(SDGs)が加盟国で採択され、2030年までに環境・社会等の17目標達成のために各国・企業等が尽力することになった。中でも重視されているのが気候変動である。

 

 2015年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において、産業革命前に比べ世界の平均気温を今世紀末までに2℃を十分下回るか1.5℃の上昇へ抑制する目標が、パリ協定で締結された。さらに、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2018年に「1.5℃特別報告書」において、現在の温暖化の進行速度では2030~2050年に1.5℃に達する可能性があること、世界平均気温を1.5℃上昇に抑制するにはCO2排出量が2030年までに45%削減され2050年に正味ゼロに抑制する必要あることを科学的に示している。

 

パリ協定で合意したCOP21(2015年)
パリ協定で合意したCOP21(2015年)

 

 既に世界平均気温は昨年までに産業革命前対比で1.2℃程度も上昇しているため、今後80年ほどの間に0.5℃前後の上昇に抑制するには、2050年頃かそれより早く世界の温室効果ガス(GHG)排出量を正味ゼロへ削減することが不可欠だ。世界気象機関(WMO)は現在の温暖化ペースでは、早くて2024年には世界平均気温が2024年までに一時的に1.5℃を終える可能性が高いとも指摘している。

 

政府のリーダシップが鍵を握る

 

 GHG排出量を抑制するには輸送・電力・生産などあらゆる面での抜本的なエネルギー源の変革と政府・企業・消費者の大きな行動変容が必要である。そのためには政府のネットゼロ目標に向けた具体的な戦略が大前提となる。この点、日本、米国、欧州連合(EU)、中国、韓国など主要国・地域が2050年(中国は2060年)までに排出量のネットゼロ達成目標を掲げたことは歓迎されるが、具体策を明確にして迅速に行動に移す必要がある。

 

 日本政府がパリ協定の下で公約したGHG削減目標は2030年までに2013年対比で26%削減であるが、パリ協定の目標実現には不十分である。しかも基準年2013年は2011年東日本大震災による原発事故で石炭火力への依存度を増やしGHG排出量がピークに達した年である。2019年現在、GHG排出量は2013年対比で14%減少しているが、1990年対比ではまだ5%しか減っていない。このため、政府は年内に「エネルギー基本法」を改正し、2030年目標を大きく引き上げる予定である。

 

 昨年12月に発表したグリーン成長戦略では2050年までに電源構成に占める再生エネエネルギーを(現在の20%程度から)50-60%程度に引き上げる目安を示したが、2030年の構成比は現在検討が進められていることもあり明確にしていない。2030年時点で再生エネルギーの電源割合を40%以上に引き上げるべきとの声が、国際組織や投資家グループおよび一部の日本企業から上がっている。

 

 2050年に排出量ネットゼロを実現するには、カーボンプライシングも欠かせないとの世界の共通認識がある。日本のエネルギー・自動車関連税は4兆円程度であるが、排出量削減につながるように排出量の多い石炭ほど税率が重くなるような炭素税の形への見直しが必要であろう。しかも国際エネルギー機関(IEA)は日本のこうした税金は国際的に低く、増税など価格シグナルを使うべきだと示唆している。企業にとって生産コストが上昇するため競争力の低下を懸念する声もあるが、化石燃料がもたらす環境破壊によるコストが上昇していることから、そうしたコストを反映させた価格を段階的に設定していかないと環境問題の解決にはなかなかつながらない恐れもある。

 

石炭火力発電を再エネ、グリーンに転じられるか
石炭火力発電を再エネ、グリーンに転じられるか

 

 もうひとつ政府が早急に検討すべき課題は、グリーン分野、および排出量ネットゼロに向けた移行過程で必要とされるトランジション分野へ多額の民間資金を呼び込むための仕組みづくりである。膨大な資金がネットゼロ実現に向けて必要であることを踏まえれば、排出量を減らすのに本当に必要なプロジェクトやセクターに十分資金が回ることが需要である。その点、環境的に持続可能な活動を定義する「タクソノミー」の開発は日本でも重要である。先行するEUと中国が共同議長を務め共通見解をまとめるワーキンググループが発足されたが、シンガポールでも開発が進む。

 

 グリーンの定義が明確になれば、各国の地理的形状や自然環境の違いを踏まえたトランジションの定義も明確にできる。そうした明確な基準にもとづいたグリーンボンド、グリーンローン、あるいはトランジションボンドやトランジションローンが一般のボンドやローンに取って代われば、気候変動課題の解決につながっていく可能性も高まる。また、GHG排出量などの目標を予め定めてその実績に応じてクーポン金利などを調整する「サステイナビリティ・リンク・ボンド」の発行は排出量の削減を目指すうえで望ましい。

 

ESG経営とCSRとは同じではない

 

 ESG投資による気候変動課題への効果がまだ限定的なのは、企業行動がこれまでのところ社会的責任(CSR)の域を越えていないことにも原因があるようだ。CSRは企業が利益の一部を環境や地域へ還元して社会貢献していくという以前からある発想だ。企業は福祉・慈善事業に寄付をしたり、社員が地元の市民団体と一緒にゴミ拾いや清掃をしたり植林をして環境改善を支援したり、健康増進のためにスポーツ大会を地域で共催するなどいろんな活動を実施している。

 

 こうした活動は称賛に値するものの、あくまでも利益の一部を使った活動でありESG経営をしているとは言えない。その他、例えば、企業がエネルギー効率の良い設備投資を増やしてグリーン化を図っていると言っても、石炭火力由来の電力を使って生産量を増やしていればGHG排出量はほとんど減らないことになる。つまりグリーン化に努めていると言っても気候変動問題にさほど貢献していないのでグリーンが水に流されてしまうという意味で、グリーンウオッシングと呼ばれている。

 

 世界の投資家が求める企業のESG経営とは、環境・社会的課題の解決のために経営陣が意識改革をしてビジネスモデルを抜本的に変えていくことである。例えば、一時的に費用がかかっても工場に太陽光パネルを設置して再生可能エネルギーを自家発電する、プラスチック容器の利用を減らす、パーム油・大豆・カカオ等の原材料の調達で森林破壊につながらないような農園から調達し国際的な認証を獲得しているのか、あるいはサプライヤーにトレーニングを実施し環境改善を働きかけているかが問われている。

 

 多くの企業は環境対応を機会よりも費用ととらえる傾向がある。たしかに、再生可能エネルギーへの転換、サステイナブルな認証を得られた原材料調達への切り替え、プラスチック利用を減らす容器開発やリサイクルの再利用や環境にやさしい新しい原材料の開発には時間と費用がかかる。しかし、今後世界で環境政策・規制が高まっていかざるをえない中で、CSR的発想に留まりビジネスモデルの変革を伴う経営に転換していくことがないと、必要な商品の研究開発や新技術への投資が遅れ、世界的競争から淘汰されるリスクが高まっていく。

 

 世界の人口が増加する中で日本の人口は今後10年で600万人ほど減少すると予想されており、企業が中長期的価値を高めるにはで環境意識の高まる海外の需要を積極的に取り込んでいくことはビジネス戦略として必須である。世界でも日本でも、多くの企業はまだまだCSR的な発想から脱していないことが、ESG関連資金の金額の大きさの割に排出量の削減やSDGsが実現していな一因だと言えよう。

 

ESG投資拡充には情報開示の改善が柱

 

 投資家からみて企業がESG経営をしているのか分かりにくいという課題がある。企業が「サステイナビリティ報告書」や「統合報告書」等で開示している情報では十分ではなく、しかも標準化が進んでいないため企業間の比較が難しい。金融安定理事会(FSB)が2015年に設立した民間主導の「気候関連財務情報開示タスクフォース」(TCFD)が、2017年に企業に対して気候変動の情報開示に関する提言を公表した。これにより、同提言にもとづく情報開示が少しずつ進んでいる。

 

 先行する英国では上場企業や金融機関に対するTCFD提言にもとづく情報開示の義務化が今年から始まっている。TCFDに賛同する日本企業は300社を超えて世界で最も多いが、TCFDへ賛同してもパリ協定と整合的な行動をとっているわけではない。世界平均気温の上昇が2℃を十分下回るか1.5℃に近づけるGHG排出量の削減経路と整合的な中長期目標を設定し、それに向けた戦略を立てて変革を果敢に進め、その進展度を取締役会でしっかり監視する体制が整っている企業はまだかなり少ない。

 

 企業のESG経営の進展度を測るには企業が公表する非財務諸表のほか、様々なESG評価機関のスコアや専門家・NGOの報告書や訴訟、報道情報などがある。しかしスコアや外部報告書の内容の多くが開示された情報にもとづいており、必ずしもに新たに有用な情報が得られるとは限らない。しかも各評価会社によって重視する項目や比重が異なり、評価のばらつきが大きいことも投資家が投資判断で悩むところのようである。

 

 気候変動に関しては、GHG排出量を原単位や絶対量で少なくとも2030年までの中期目標を設定し第3者機関による証明などを受けて、これまでの実績と目標対比での進展度を分かりやすく示すことが最低限必要だが、まだ開示は十分進んでいない。排出量のデータについてはスコープ1(直接的排出量)、スコープ2(電力購入など間接的排出量)は相対的に開示が進むが、スコープ3(サプライチェーンを通じて排出される排出量等)では、上流から下流までの幅広い開示が必要だ。セクターごとに重視される項目は異なるので、世界レベルで業界内である程度のコンセンサスが進み、サプライヤーから情報が得られ易くなることが望ましい。

 

TCFDキャプチャ

 

 自動車産業であれば原材料・部品や生産用機械の購入、輸送や販売、そしてユーザーによる運転と廃棄処分までライフサイクルでの排出量の算出が必要になる。金融機関であればスコープ3で重要なのは運用資産や保有する金融資産に関する排出量である。サプライヤーや投融資先への働きかけも必要なため開示に難航する企業も多い。信用格付けとは大きく異なり、専門評価機関から最高スコアを得ている企業でも、環境面での改善の余地が大きいことが多い。

 

 企業統治の開示内容については東京証券取引所による報告書の雛形もありある程度標準化が進んでいるが、環境・社会面の情報開示については複数のスタンダードを提示する組織があり乱立している。それぞれのスタンダードに沿って開示を進める企業の負担も重く、投資家にとっても有用な情報が得られているとは言い難い面もある。今後は各国間の政府・取引所主導でできる限り、標準化を進めていくことが望ましい。

 

 TCFD提言で示されている気候変動の長期シナリオ分析については、国際エネルギー機関やIPCCの複数のシナリオからいくつか選択し自社の財務への影響を推計することが一般的である。しかし推計方法の詳細が開示されておらず、対象も部分的で、またその推計結果がさほど大きな損失にならないとする内容が多い。企業がその分析結果をどのようにビジネスモデルの見直しに反映させているのかも報告書からは分かりにくい。中規模の企業にとって情報化時の負担は大きく、政府主導で低コストかつ企業比較が容易な形でシナリオの標準化も必要になるであろう。

 

 Science Based Targets(SBT)イニシアチブに参加し、最新の気候科学に基づきパリ協定の目標と整合的な排出量目標を掲げる企業が増えている。目標を設定する企業は世界で647社、この内1.5℃目標を掲げている企業は447社である。日本企業でSBTを設定している企業は93社だが、1.5℃目標を掲げる企業はまだ27社に過ぎない。また、事業電力を2050年までに100%再生可能エネルギーに切り替える国際イニシアチブ「RE100」に参加している国際的な企業もある。世界で290社あるが、40社ほどの日本企業も参加している。気候変動課題に対する企業の強い意志と行動力を確認する機会ともなるため、大手企業にはできるだけ両方への参加を目指すことが期待される。日本企業はエネルギー効率の改善に長く務めてきており、世界でも英国につぐエネルギー効率が高い国となっているが、GHG排出量がさほど減っていないのも事実であり、一段の効率化と排出削減に焦点をあてた対応が待たれる。

 

エンゲージメントの活用とガバナンスの強化

 

 最後に、ESG投資家は企業との「目的を持った対話(エンゲージメント)」を通じて、企業の中長期的価値を促進することが期待されている。企業側も投資家からの助言や意見交換の内容について取締役会で共有し経営改善に努めるべきである。必要に応じて経営陣や社外取締役と直接実施することも重要だ。企業の情報開示が十分ではない現状では、エンゲージメントを通じて企業統治体制や情報開示の改善を要請することで、企業のESG経営を促すことも必要だ。また長期株主として議決権を行使し、株主提案を自ら実施あるいはそれに賛同することで経営陣の行動変革を促すこともありうる。エンゲージメントの結果を資産運用へ反映させることも考えられる。

 

 企業が気候変動等への対応に本格的に取り組むためには、気候変動を含むサステイナビリティに関する専門委員会を社内に設置して担当取締役を任命すること、そして社長・CEOが気候変動について責任をもつこと、取締役会で目標の進展度のチェック機能が働いているかを確認することも欠かせない。経営陣が、ESGの重要性への理解を深めて経営改革をしていかなければ本当の成果にはつながりにくい。特に社外取締役の担う役割は重大で、大きく変化する世界環境の下で新しい情報を常に収集し理解を深める努力を怠ることなく、経営陣をしっかりモニタリングして企業行動の変容を促していくことが望ましい。

 

 エンゲージメントを通じて、あるいは社外取締役等のモニタリングを通じて、企業がESGに関してより透明性の高い有用な情報を開示するようになり、そうした公開情報にもとづいて投資家がより適切に投資判断ができるようになれば、本当に必要なプロジェクトや企業に向けて投融資資金が配分される動きが進むであろう。そうなれば企業のESG評価ももう少し収斂が進み、金融資産価格へも反映され易くなり、排出量ネットゼロの実現をサポートする健全で効果的なESGファイナンス市場(あるいはサステイナブルファイナンス市場)が形成されていく。そのためには、政府・取引所も環境・エネルギー政策を進めつつ、情報開示の標準化やコーポレートガバナンスコードの厳格化を進め、市場形成に積極的に関わっていくことが必要不可欠である。

 

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Shiraiキャプチャ

白井さゆり(しらい さゆり) 慶応義塾大学総合政策学部教授。コロンビア大学経済学博士。元国際通貨基金(IMF)エコノミスト。2011~16年日本銀行政策委員会審議委員として金融政策決定に関与。2020年より英系Federated Hermes EOS 上級顧問。