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気候関連の金融規制に関する最近の世界の動向(白井さゆり)

2023-02-17 23:18:15

BIS001キャプチャ

 

  世界では、ロシアのウクライナ侵攻と化石燃料価格の高騰をきっかけに、脱炭素・低炭素への移行を加速する動きが高まっている。各国政府がカーボンプライシングや環境規制などの気候政策を着実に実行に移し、企業のビジネス活動の変化を促す必要があるが、それをサポートする金融システムもカーボンニュートラルの実現には欠かせない。

 

 (写真は、金融安定理事会(FSB)も入居する国際決済銀行(BIS)本部=スイス・バーゼル)

 

 金融機関や投資家も気候リスクをよく理解して投融資判断をしていかないと、気候変動の物理的リスクや移行リスクが今後さらに顕在化していく過程で、投融資に関する信用リスク、市場リスク、オペレーションリスクや評判を失うリスクなどするさまざまな金融リスクに直面するであろう。金融機関の気候リスクへの対応が遅れて損失が大きくなれば金融システム全体が不安定化し、経済に打撃をもたらしかねない。そこで、現在、世界では気候リスクに関して金融機関のリスク管理を高めることが重要だとの認識が金融監督当局や中央銀行の間で広まっている。既に実践に移す国・地域や関連する金融規制を議論・実践している国・地域も増えている。本稿では、最近の世界の気候変動をめぐる規制・監督の動きや課題について紹介する。

 

 金融安定理事会(FSB)と気候関連の金融リスクに対応するためのロードマップ

 

 気候リスクは、物理的リスクと移行リスクがあることは世界でよく知られている。「金融安定理事会(FSB)」が、気候関連の金融リスクは個別の金融機関と金融システム全体の安定性にかかわるので重視すべきとの考え方に立ち、2021年に、各国金融当局が同リスクに対応していくための手順を示したロードマップを公表した。

 

 バーゼル金融監督委員会(BCBS)、気候変動リスク等にかかる金融当局ネットワーク(NGFS)、証券監督者国際機構(IOCSO)ほか世界の主な金融監督・基準設定機関との協議をもとに、ロードマップは4つの重点課題を挙げている。それらは、①企業(金融機関を含む)の情報開示、②比較可能な信頼できるデータの収集・作成、③金融機関による脆弱性の分析(たとえば、気候シナリオ分析など)、④監督体制と具体的な政策手段で、各々段階的にとるべき具体策を例示している。

 

 金融システム全体の安定性を確保していくには、銀行など各金融機関の気候リスクへの対応力を高めなければならない。それには気候関連の科学的情報とともに、投融資先企業の温室効果ガス(GHG)排出量や排出削減目標ならびに具体的な戦略や実績などの情報が得られることが大前提となる。企業について信頼できる比較可能な標準化されたデータを集めることがきれば、金融機関の投融資判断がより正確にできるようになる。そうなれば、脱炭素・低炭素を推進する企業活動に対してより安定的に資金配分ができるようになり、金融システムの気候リスクへの対応力を高められる。

 

 企業の情報開示については、国際会計基準(IFRS)財団の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が、世界の企業・金融機関のESG情報の標準化を進めており、2022年3月に「サステナビリティ関連財務情報開示」と「気候関連開示」に関する2つの公開草案が公表され、パブコメを経て2023年6月までに最終案が提示される。その後はIOCSOの賛同を経て、各国・地域の金融当局がそれをもとに実践を検討することが予定されている。ISSBはGHG排出量の情報開示については、自社の直接的な排出量(スコープ1)、電気購入など間接的な排出量(スコープ2)を、そして少し時間の猶予を与えるが、川上から川下までの排出量(スコープ3)の開示も義務付けると決めた。スコープ3は、原材料の調達・輸送から、製品・サービスの販売・ユーザーによる利用そして廃棄にいたるまでにかかる排出量である。

 

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 今後は、水や生物多様性などの環境課題や気候変動の社会的課題について開示の標準化を進めていく予定だ。③の気候シナリオ分析についてはNGFSが各国・地域の金融当局が利用できるように複数のベースとなる長期シナリオを策定し、毎年改定している。各国・地域の金融当局はこうしたシナリオを参考にして、各国・地域の特殊性を反映して域内の大手金融機関に財務への影響を試算することを促している。

 

 その後、FSB は2022年秋に気候関連の金融リスクに対する監督・規制のアプローチに関する最終報告書を発表し、規制当局に対してより具体的な提言を行っている。 第一に、(a)スコープ1、2、3の排出量テータなどの収集作業の加速、(b)データの質の改善を目指して各金融機関の内部評価手法のレビューと第3者による検証の検討、(c)物理的リスクと移行リスクに関する共通の定義の開発(ISSBなどの枠組みを含む); (d) 金融機関の活動の性質、規模、リスクに比例して規制報告要件の強化; (e) グローバルな協調体制の促進などを挙げている。

 

 第二に、監督規制の手段については、 各金融機関の個別の健全性をチェックする「ミクロプルーデンス」と、金融システム全体に対する気候リスクの影響を考慮する「マクロプルーデンス」の両方に焦点を当てるべきであること、銀行や保険会社などに対するマクロプルーデンス政策として、NGFSなどの長期気候シナリオ分析の活用などが提言されている。さらに、既存のバーゼル規制下での自己資本比率規制を用いることにも言及している。

 

バーゼル規制の自己資本比率規制とは

 

 それではバーゼル規制とは何かここで振り返ることにする。国際的に統一された金融規制を策定するバーゼル規制は、(8%の)最低必要自己資本比率の規制などに関する第1の柱のほか、第2の柱(金融機関の自己管理と監督上の検証)と第3の柱(情報開示などによる市場規律)で構成されている。第1の柱では、必要な自己資本は銀行資産をリスクで加重平均した資産で割って求め、信用リスク、市場リスク、オペレーションリスクを扱う。信用リスクの資本要件は、向こう1年間に特定のストレスがかかった状態で予想外の損失に対応できるだけの自己資本を計算する。市場リスクの資本要件は株価などの市場価格の変化に起因する損失に焦点を当て、オペレーションリスクの資本要件は不適切な内部プロセスによって引き起こされる損失に対応するための自己資本を積むことを義務付けている。

 

 以上の最低資本要件に加えて、銀行は資本バッファーを追加する必要があり、資本保全バッファー、カウンターシクリカル資本バッファー、グローバルなシステム上重要な銀行 (G-SIB) バッファーなどがある。 資本保全バッファーは銀行全体を揺るがす不況が発生し損失が発生した場合に利用できる追加の自己資本の積み増しである。カウンターシクリカル資本バッファーは銀行全体の強靭性を強化するために、信用サイクルに応じてバブルなどシステミックリスクが高まっていると判断される場合に、規制当局が銀行に自己資本バッファーを増やすよう要請できる。 G-SIB バッファーは、グローバルに活動する金融システム上影響の大きい銀行の強靭性を高めるために、経営不振や破綻が及ぼす可能性に考慮して自己資本バッファーの積み増しを求めている。

 

 一方、第 2 の柱は第 1 の柱を補完するもので、第1の柱で捕捉できない、あるいはしきれないリスクを金融当局が監督する規制である。銀行勘定の金利リスク、非金融リスク (戦略リスク 、ビジネスモデルリスク、評判リスク)、信用集中リスクなどが含まれる。金融当局は、銀行が健全な内部リスク管理プロセスを通じて必要な自己資本水準を自ら維持するように定期的に内部自己資本評価プロセス (ICAAP) を実行することを要請している。勿論、金融当局も銀行の ICAAP と戦略をレビューしてその妥当性について評価しなくてはならない。

 

自己資本比率規制によってどのように気候変動に対応できるのか

 

 現在、世界で議論になっているのは気候関連の金融リスクを、第1の柱として扱うか、第2の柱として扱うかである。バーゼル規制を策定するBCBSは、気候リスクは新しいタイプの金融リスクではなく、従来の金融リスク、つまり信用リスク、市場リスク、オペレーションリスクなどで扱えると見なしている。すなわち、気候リスクを既存のバーゼル規制の第1の柱でカバーできるとの見解を示している。

 

 とはいえ、気候リスクを第 1 の柱で活用するには課題がある。たとえば、信用リスクは、過去の銀行の損失データに基づいて 向こう1 年間の損失可能性をもとに必要な自己資本を算出する。このため、今後段階的にリスクが顕在化していくような気候リスクの場合、過去の損失データがあまり参考にはならず、しかも何十年先の長期の先行きをみなければならないため、従来のやり方を適応するのが難しい。

 

BCBSキャプチャ

 

 このため、第 2 の柱のアプローチの方が望ましいとの見方が多い。ここでは、銀行が気候シナリオ分析などを活用して自ら必要な自己資本バッファーを評価して積み増すことができる柔軟なアプローチをとることが可能だからである。金融当局はNGFSを通じて共通の気候シナリオ分析手法を開発しそれを改善して、銀行に同じ気候シナリオの下で財務への影響を試算することを促進し、銀行のリスク管理を強化して将来の損失対応力を高めることができる。

 

 ただし、第2の柱を支持する見解に対して、第1の柱であっても、たとえば信用リスクでは、金融機関の内部格付けを使ったり、外部信用格付け会社の評価を使ったり、金融当局による主観的判断が反映される余地もあり、気候変動もそうした扱いができるとの反論もある。

 

 国際決済銀行(BIS)は基本的に第2の柱を支持する見解に立っているようだ。ユーロ圏の大手金融機関を監督する欧州中央銀行(ECB)やイギリスの金融機関を監督するイングランド銀行も、情報開示などが進めば第1の柱で気候リスクを扱う可能性を意識しつつも、現実的な観点から第2の柱で銀行に自己資本の積み増しを促している。

 

 こうした中で、欧州の大手銀行はすでに、信用リスク、市場リスク、オペレーションリスクについて、ICAAPを通じて必要な自己資本を算出し、第2の柱の枠組みで積み増す金融機関もみられる。銀行によっては第1の柱で積み増す銀行もあるようだ。

 

 現在のECBやイングランド銀行の気候シナリオ分析は、銀行の自己資本の充足度の推計は含めていないが、将来的には含めていくとみられる。

 

中国とブラジルの気候関連の金融規制・監督の動向

 

 中国では、中国人民銀行(中国の中央銀行)が、昨年、20余りの大手銀行や開発銀行を対象に気候変動が投融資を通じて及ぼす影響について銀行に気候シナリオ分析を要請し、自己資本比率への影響も試算させている。その結果、全体として自己資本比率が14.9%から14.5%へ幾分低下すると発表している。GHG排出の多い産業への投融資割合が小さいために金融システム全体の自己資本比率にはあまり大きな打撃がないという結果となった。しかし、中国人民銀行は、「気候リスクが高まるシナリオの下で企業の返済能力が低下するのを回避するためにも、排出の多い産業はGHG排出量の削減を進めていくべきである」との声明を発表している。今後はさらに対象産業を拡大して気候シナリオ分析を進めていく予定だという。

 

中国人民銀行
中国人民銀行

 

 また中国では、中国人民銀行がグリーンボンドに関して環境的に持続可能な活動を分類する独自のタクソノミーを導入している。2021年には銀行、資産運用会社、信託銀行、保険会社などの金融機関の気候変動対応を促すために、環境関連のガイダンスを発表し、環境に関する具体的な戦略や活動および環境に関連する具体的な金融商品・サービスなどについて開示を促している。内容は、TCFDガイドラインよりもかなり詳細な開示内容になっている。さらに、同年には銀行をグリーンローンやグリーンボンドの保有額などから評価する手法も導入している。さらに、中国人民銀行は昨年11月から銀行に低金利で資金供給する際にグリーン基準を導入する制度を導入しているが、この融資制度を利用するためには、銀行は融資に伴う排出削減量を開示し、そのデータについて第3者の認証を受けることを義務付けている。

 

 一方、ブラジルでは、2014年という早い時期から金融機関のミクロプルーデンス政策に社会・環境的基準を反映させた世界で最初の国である。金融機関が社会・環境的に責任ある対応を促進するためのガイダンスを発表したのを受けて、ブラジル銀行連盟は、環境に大きな影響を与える可能性のある経済活動を特定する分類法(タクソノミー)を開発し、その後、各銀行は自発的にこれらの活動への信用配分状況を報告し始めている。 2017 年には、バーゼル規制の第2の柱の下で主に大手銀行が独自に実施するICAAP にも社会・環境関連の金融リスクを反映させ、今後 3 ~5 年間にさらされる可能性が高いリスクを自己資本でカバーするよう銀行に要請している。この規制は、気候関連の物理的および移行リスクをより明確に反映させる形で2020 年に改訂されている。

 

 以上のように、世界では気候リスクの金融機関への影響に注目し、銀行を始めとする金融機関に対応を求める国が少しずつ見られ始めている。政府の気候政策がさらに進展し、それと合わせて気候関連の金融規制・監督体制も進んでいくことで、サステナブルファイナンス市場も脱炭素・低炭素にむけて効果的に資金配分を行う市場へと発展していける可能性があると思われる。

 

参考文献

Sayuri Shirai. 2023. “Green Central Banking and Regulation to Foster Sustainable Finance,” Asian Development Bank Institute Working Paper No. 1361, February. https://www.adb.org/publications/green-central-banking-and-regulation-foster-sustainable-finance

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白井さゆり(しらい さゆり) 慶応義塾大学総合政策学部教授。アジア開発銀行研究所客員研究委員兼サステナブル政策アドバイザー。コロンビア大学経済学博士。元国際通貨基金(IMF)エコノミスト。2011~16年日本銀行政策委員会審議委員として金融政策決定に関与。