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日本政府の「GX構想」で飛来する『ブラウンスワン(!?)』(藤井良広)

2023-03-06 12:00:46

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 日本政府が打ち出した「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」構想を見つめる内外の視線には、「期待」と「疑念」が交錯している。石炭火力等の化石燃料依存に拘ってきた日本が、「重厚長大産業の『脱炭素化』に本気で踏み出した」。否、「化石燃料依存の産業構造の『延命』であり、『原発復権』の画策に過ぎない」ーー。GX成功のカギは、政府が描いた構想に、金融市場がどう反応するかにかかっている。トランジションファイナンスだ。その行方に目を凝らしてみると、一羽の大きな鳥を見つけた。

 

 (写真は、「ブラウンスワン」かな(?))

 

 自宅から1時間ほど車を走らせたところにある遊水地に、毎年、多くの渡り鳥がやってくる。鳥たちの自然な姿を眺めに、時々、行くことがある。顔見知りになった同年輩の人に、声をかけると、いつもと変わらない笑顔とともに、「いやー」という声が返ってきた。「どうしたの?」

 

 今年、飛来した鳥たちの中に、ちょっと変わった鳥がいるという。新種かもしれないと、一時は胸躍らせたが、どうもおかしい、なんかおかしい、と繰り返すばかりだ。男性が指さす先に、その鳥はいた。

 

 優美な白鳥たちが餌をついばむ中に紛れるように、佇む一風変わった大型の鳥が確かにいる。白鳥のようで白鳥ではない。第一、羽の色が「ブラウン」だ。「そうなんだ。白鳥ではなく、ブラウン鳥なんだ。どうも日本にしかいないらしい。『ブラウンスワン』・・」

 

 <グリーンスワンとは違う?

 国際決済銀行(BIS)のエコノミストが2020年1月に「グリーンスワン」報告書を出したことは知られている。金融市場で有名な「ブラックスワン」論を気候リスクに応用した考察だ。ブラックスワン論は、すべての白鳥(スワン)は白色と信じられていた中で、黒いスワンが見つかり、鳥類学者の常識が覆った。これになぞらえ、確率論や従来の常識等では予測できない極端な事象(ブラックスワン)が登場すると人々はどう対応していいかわからなくなり、リーマンショックの時のように大きな混乱が生じることを示す比喩だ。https://rief-jp.org/ct4/98527

 

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 これを踏まえたグリーンスワン論は、リーマンショックのような場合は、各国の中央銀行や金融当局が膨大な公的資金を注入して何とか危機を封じ込めて対応できるが、グリーンスワンの場合、そうした封じ込めが効かない恐れがあるという警鐘だ。気候リスクが顕在化すると企業の既存資産の毀損、劣化が急激に進むため、金融機関に公的資金を注入しても間に合わない。したがって、そうなる前に気候対策をしっかりやるべし、となる。

 

 では今、日本に飛来した「ブラウンスワン」はグリーンスワンの一種なのだろうか。似ているが、どうやら、岸田政権が「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定したことで、日本に舞い降りたらしい。

 

 同方針によると、「産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換する」ことがGXの目指すところで、「戦後における産業・エネルギー政策の大転換を意味する」。その大転換のために国がとるべき政策として、再エネ、省エネ等の促進とともに、「原子力の利用」「水素・アンモニアの導入促進」等を掲げている。https://rief-jp.org/book/133233?ctid=35

 

 このうち、政府がもっとも力点を置くのが、「原子力」と「水素・アンモニア等導入」だ。原発については、2011年3月の東京電力福島第一原発事故で顕在化した「事故リスク」が完全に克服されていない中で、既存原発の稼働延長・新規原発の建設を打ち出し、2030年度の電源構成に占める原発比率を20~22%とするとした。「水素・アンモニア等」は既存の化石燃料発電に混焼することで、石炭火力等の稼働を続けることを目指すものだ。

 

 <ブラウンスワンのリスクは?

 

 グリーンスワンのリスクを削減するには、化石燃料事業へのファイナンスを縮小し、再エネや省エネ等のグリーン事業へのファイナンスに迅速に切り替えることで、化石燃料事業を市場から退出させ、エネルギー市場をグリーン化することが求められる。これに対して、ブラウンスワンのリスクは何だろうか。

 

 対象となるGXトランジション事業の特徴は、化石燃料を維持しながらCO2を削減する対策(水素・アンモニア混焼、CCS利用)の導入のほか、現行の技術レベルの原発の稼働延長・新設であり、いずれも「現状維持」を前提とする点にある。混焼技術やCCS等を使って、実際に化石燃料発電から効果的にCO2を削減できるのか、原発稼働の延長で事故リスクは拡大しないのか。そうした先行きの不透明さに対する保証や担保はない。

 

 にもかかわらず、政府のGX戦略では、財務省が「GX移行経済国債」を発行し、「国も資金を出すのだから、民間金融機関もGX向け投融資を拡大せよ」と迫る格好だ。GX国債は償還財源を炭素賦課金や排出量取引制度等でしっかり担保するとするものの、民間のファイナンスの場合、CCS事業の採算がとれなかったり、混焼により発電効率が下がる等の信用リスクは、金融機関自らが負う形となる。GXの投融資対象のスワンは最初から「ブラウン(化石燃料色)」なのだ。

 

 化石燃料関連エネルギーから再エネ等のクリーンエネルギーへの経済社会全体のトランジションは重要だ。ただ、その手法として、化石燃料事業を縮小してクリーンエネに転換するのか、化石燃料を維持したままで、排出されるCO2だけを回収し、CO2フリーとするかで、ブラウンスワンのリスクは異なってくる。後者がGX路線だ。

 

 化石燃料を維持したままCO2回収を促進する方法の場合、回収技術が機能するか、費用対効果が十分かを見極めないと、とブラウンのリスクは減らずに顕在化する可能性がある。たとえば、CCSで排出されたCO2を回収・貯留する場合も、現在の高コストのままだと、費用負担が多過ぎ、エネルギー事業が成り立たない可能性がある。また貯留したCO2を安全に管理できるかが不透明だと、将来の事故リスクが新たに発生しかねない。CCS回収事業は初期段階なので、他の手法での技術開発が進むと、CCS手法は陳腐化する可能性もある。ブラウンスワンはリスク満載なのだ。

 

 <日本政府が「見て見ぬふりする」トランジションファイナンスの二つのハードル

 

 リスクを最小化するトランジションの基本は、ブラウン化リスクのあるトランジションの対象を、高炭素集約産業に絞り込み、対象業種の「ブラウンタクソノミー」を明確にすることが一つ。次いで、トランジション期間を明確に設定し、その期間におけるモニタリング管理を「見えるか」することで、目標達成のあいまいさを払拭する等のリスク軽減策が肝心だ。その際に活用するトランジション手法については費用対効果を優先して選別する必要がある。https://rief-jp.org/book/107092

 

 日本政府版のトランジションファイナンスの「ブラウン色」が際立つのは、そうしたトランジション手法があいまいなうえに、事業に資金を提供する立場の金融機関が、国際共通課題として対応を求められる2つの気候リスクのハードルを「見て見ぬふりしている」点にもある。

 

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 ハードルの一つは、「financed emissions」だ。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が6月中に確定する気候・サステナビリティの情報開示基準では、開示企業は共通して温室効果ガス排出量をScope3も含めて求められる。金融機関の場合のScope3は投融資先が抱えるCO2排出量(financed emissions)であり、その開示も共通基準として求められる。https://rief-jp.org/ct4/130676

 

 ところが、日本の銀行等が政府のGX戦略に従って、化石燃料維持のための混焼技術やCCS事業に投融資をする場合、投融資時点では対象となる電力会社等のCO2排出量は高いため、financed emissionsは増加する。事業が完成すれば、CO2排出量は削減されるはずだが、技術リスク、事業リスクは現状では不確かで、金融機関はブラウンリスクを抱え込み続ける可能性が高い。https://rief-jp.org/ct4/132822?ctid=71

 

 原発の場合も、安全面と、採算面の両方で、トランジションリスクを抱えている。EUは昨年、原発を天然ガスとともに、サステナブルファイナンスの対象タクソノミーに加えた。ただ、その位置づけは、「事故リスクが飛躍的に減少する第4世代原発に移行するまでのトランジション」とした。GX戦略が掲げる「原子力利用」は、現行の「事故リスクを抱えた第3世代原発」の稼働を延長し、新規建設するというもので、これらに投融資資金を供給する金融機関は、融資の開始時点からトランジションリスクを背負うことになる。https://rief-jp.org/blog/122179

 

 金融機関に立ちはだかるもう一つのハードルは、国際自己資本比率規制の議論だ。EUを中心に、現行のバーゼル委員会の自己資本比率規制において、金融機関が抱える資産のグリーン性を加味したリスク評価とするべきとの議論が続いている。「気候調整自己資本比率規制(Climate-adjusted capital requirements  :  CACRs)」だ。銀行の自己資本比率の算定に気候リスクの扱いを含める議論だ。

 

 先行するEUの欧州中央銀行(ECB)は昨年11月、域内の銀行に対して自らの投融資活動における気候リスクを把握し、2024年末までに同リスクに対する銀行監督面での対応をとるよう指示した。その中では、EUの銀行の内部自己資本評価プロセス(ICAAP)への適合と、ストレステストの実施も求めている。銀行は資産のグリーン度を自己資本比率算定に盛り込み、自ら適合状況を規制当局に報告を求められるわけだ。https://rief-jp.org/ct4/124775

 

 バーゼル委員会の国際的な自己資本比率規制に気候リスク評価を盛り込むかどうかの結論づけは、簡単ではない。だが、EUが実質的に域内銀行の自己資本評価に気候リスクを反映させる規制を導入した場合、グローバルな金融機関に対する投資判断の尺度の一つにはなる。EUの方法論と同様の計算で各国金融機関の気候調整自己資本比率が算定されるようになると、GX対応でブラウン資産を上積みした日本の金融機関は、欧州の金融機関より相対的に信用リスクが高いと評価される可能性もある。

 

 日本の金融機関にとって悩ましいのは、わが国の銀行監督権限を持つ金融庁が、GX推進官庁の一角を占めている点だ。「金融庁のご機嫌を損ねないためには、GXにもある程度付き合わないといけないのかな」との声も漏れてくる。こうしたモヤモヤが立ち込める点も、ブラウンスワンの特徴でもある。ブラウンスワンは「移行リスク」そのものなのだ。

 

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藤井 良広(ふじい よしひろ) 一般社団法人環境金融研究機構代表理事。元上智大学地球環境学研究科教授、元日本経済新聞経済部編集委員、ISOサステナブルファイナンス専門委員、CBIアドバイザー等を兼任。神戸市出身。