HOME4.市場・運用 |「三井物産、サハリンⅡ新会社への出資の方向」と報道。三菱商事も追随か。ロシア側の圧力に加え、日本政府も「サハリンⅠ」への影響を踏まえ、両商社の背中を押す(?)(RIEF) |

「三井物産、サハリンⅡ新会社への出資の方向」と報道。三菱商事も追随か。ロシア側の圧力に加え、日本政府も「サハリンⅠ」への影響を踏まえ、両商社の背中を押す(?)(RIEF)

2022-08-21 01:20:04

Putinキャプチャ

 

 各紙の報道によると、三井物産はロシアの石油・天然ガス開発「サハリンⅡ」事業を引き継いだロシアの新会社に参画する意向を固めたという。ロシアのウクライナ侵攻後、同事業の軸となっていたシェルが事業から撤退。これを受けてロシア政府は大統領令により同事業を引き継ぐ新会社を今月5日付で設立、日本の出資企業である三井物産と三菱商事に、来月4日までに新会社への参加を迫っていた。三井物産に続いて、三菱商事も同様の対応をとるとみられる。

 

 日本経済新聞電子版が伝えた。それによると、「三井物産は、現状では不利益につながる新たな条件変更はないとみて、ロシア側の動向を注視しつつ、月内にも意思決定して通知する見通し」としている。ロシア側は、日本側から通知を受けた後、3日以内に承諾するかどうかを判断する。実際にロシア側が承諾するかは未知数とされる。https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63622620Q2A820C2MM0000/?type=my#AAAUAgAAMA

 

 サハリンⅡには、従来のサハリンエナジー社に対して、英シェル27.5%、日本の三井物産12.5%、三菱商事10%を出資し、残りの50%をロシア(ガスプロム)側となっていた。日本の2社は、生産した液化天然ガス(LNG)を日本の電力・ガス会社に販売している。新会社にはガスプロムが50%以上出資し、日本勢もほぼ現状と同様の出資比率になるとみられる。シェルの代わりの出資企業がどこになるかは未定。

 

 この問題で日本政府は、エネルギー確保を最優先し、日本の2社に対して、新会社への出資を行う方向で要請しているとみられる。さらに、ロシア側は同事業の主要な顧客である日本の電力・ガス会社等に対して、販売するLNGの価格や調達量などを従来と同じ条件で継続する提案をしていると報じられ、両社は、ロシア側だけでなく、日本の官民から、事業継続を迫られる状況に置かれている。https://rief-jp.org/ct4/127582

 

 一方で、ロシアはEU向けの天然ガスパイプラインのノルドストリームでのガスの供給を減少させている。EUがウクライナを支援していることへの「牽制」であり、冬の暖房需要期に向けて、ガス供給を全面停止する可能性も出ている。日本に対しては、「従来同様の条件」での供給を提示しているようだが、ロシアの対EU資源外交の変質をみると、政治状況、経済事情が変われば、日本向けの供給条件が変わる可能性もある。

 

 三井物産と三菱商事は、こうした状況から、新会社への参加を決めかねてきたとみられる。だが、その背中を大きく押しているとみられるのが、日本政府(経済産業省)とされる。日本政府がサハリンⅡ事業の新会社移管を重視するのは、日本政府(経産省)が出資者に加わっているサハリンⅠ事業への影響を食い止める狙いがあるとの見方がある。

 

 サハリンⅠ事業は、サハリンⅡ事業と同様、サハリン島北東の海域で石油・ガス開発を進める事業だ。同Ⅰ事業ではエクソンモービルが30%、経産省や伊藤忠等が出資するSODECOが30%、ロシア国営石油大手ロスネフチが20%、インドの石油天然ガス公社が20%の権益をそれぞれ保有する。

 

 しかし、同Ⅱのシェル同様、開発主体の米エクソンはロシアのウクライナ侵攻後、事業からの撤退を決めている。エクソンは3月初めに、「ウクライナ支援のため、同事業から撤退するとともに、ロシアへの新規投資も一切行わない」と宣言した。 https://rief-jp.org/ct5/122959

 

 ロシアは同Ⅱだけでなく、同Ⅰについても、同様にロシアの影響力を強めた新会社への移行を目指しているとされる。国営タス通信は先月、ロシア下院エネルギー委員会のザワルヌイ委員長の発言として、その可能性を示している。ウクライナ支援を続ける西側に対する逆制裁の一つになるとみられる。https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-russia-sakhalin1-idAFL1N2YO0GV

 

 その場合、同事業の日本からの合弁企業に出資している経産省も対応が迫られるが、民間企業と異なり政府出資であることから、出資継続の是非について、国会等で議論になる公算が高い。そうなると、対ロ経済制裁と対ロ資源投資とのバランスをどうとるかという課題に対して明確な回答を示さねばならない。資源投資を重視する姿勢が明瞭になると、西側の経済制裁の協調の輪を崩すとの批判がウクライナやEU等から出る可能性がある。

 

 エネルギー政策を推進する経産省にすれば、そうした窮地に追い込まれないようにするためには、サハリンⅡについて、ロシアが求める形での新会社への乗り換えを先行して実施させることで、サハリンⅠの新会社への切り替えを求められた場合でも、「同Ⅱと同様の対応」として政治的批判をかわせると見通しているフシがある。

 

 ただ、国内での議論をかわせても、西側諸国の協調の足並みや、市場の反応をかわせるかは微妙だ。ウクライナ侵攻の終結が見えない現段階では、極東での資源開発問題は、西側諸国全体にとって、「(経済制裁の)足並みを少し乱してはいるが、今は、目を吊り上げるほどではない」と見なされるかもしれない。しかし、紛争が終わった際の総括でも「見落として」くれるかは不明だ。

 

 市場の反応はもう少しシビアかもしれない。三井物産、三菱商事2社が、政治的に不透明性を強めているロシア投資を抱え続けることでの両社の企業価値に及ぼす影響への懸念だ。何よりも、シェル、エクソンという米英の石油メジャーが政治要因を嫌って「放棄」した投資先に固執し続けることの説明を、両社経営陣が、グローバル投資家が納得のいく形で説明できるかどうかが問われる。「日本政府の後押し」を理由にはできまい。

 

 ロシアからの天然ガスの輸入は、日本のLNG輸入の9%。これに対して、ドイツでは国内の天然ガス需要の9割以上を輸入に頼っており、そのうち半分以上をロシアからの輸入に依存している。ドイツに比べると、日本のロシア依存は「限定的」ともいえる。それでも日本政府は、ロシアからのエネルギー輸入の維持に強く固執しているようだ。それほどロシアのエネルギー利権が重要なのか。あるいは、単に従来からのエネルギー政策を変更する決断ができないだけなのかもしれないが。

                          (藤井良広)