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日本初の水素運搬船とされる川崎重工製造の「すいそ ふろんてぃあ」号。昨年、オーストラリアの港で起こした火災事故は「人為ミス」。同国運輸安全局(ATSB)が最終報告で結論(RIEF)

2023-02-23 17:24:43

Suisofrontiea001キャプチャ

 

 オーストラリア運輸安全局(ATSB)は昨年1月にオーストラリアの港湾に停泊中に火災事故を引き起こした日本初の水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」号の事故調査の最終報告書を公表した。ATSBは、水素を搭載した船舶でありながら、火災事故を起こした点を重視、「重大事故(シリアス・インシデント)」として事故原因を調べていた。その結果、部品の一部が間違って装着されていたとし、人為的ミスであると結論付けた。同船は火災を起こした3日後、原因が不明のまま日本に向けて出港していた。「急いで帰った」理由は、日本で、岸田首相参加の事業完遂式典が予定されていたためのようだ。

 

 火災を起こしていた「すいそ ふろんてぃあ」号は、川崎重工業が建造した液化水素運搬船。同船は21年12月末に神戸を出港し、1月20日にオーストラリア・ビクトリア州のヘイスティング港に入港した。同港入港時には「世界初の水素運搬」として日本でも華々しく報道された。同地で褐炭から製造した液化水素を積み込んだとした後、2月25日に日本に戻っている。https://rief-jp.org/ct8/110357

 

 同事業は、川崎重工や電源開発、岩谷産業、オーストラリアのAGLエナジーなどの7社で構成する企業体の「CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)」が世界で初めて取り組んだ液化水素の海上輸送試験として実施された。https://rief-jp.org/ct4/96975

 

 ところが、水素を積み込んで停泊中の1月5日夕方以降、デッキから炎が発生する事故が起きた。当時、船長と機関士が水素タンクの余剰ガスをガス燃料ユニット(GCU)内で焼却する作業に取り掛かっていた。その作業の途中、午後9時47分の時点で、甲板にいた乗組員がGCUの通気管から高さ1mほど火災が約5秒ほどの間、立ち上ったことを発見した。

 

火災が発生したガス燃料ユニットの場所
火災が発生した船首前方にあるガス燃料ユニット(GCU)の場所

 

 同乗組員の緊急通報で、GCUでの余剰水素の焼却作業は中止、GCUは閉鎖され、水素供給も急きょ停止された。火災は乗組員が消火活動を実施する前に鎮火した。ATSBは「火災によって乗組員の被害や損傷、船外への汚染等は起きていない」としたうえで、水素ガスを搭載した船舶が火災を起こしたことを重視し、「重大事故」として詳細な調査を行っていた。

 

 ATSBの最終報告書は、「すいそ ふろんてぃあ」の事故発生箇所をGCUとし、「同設備の故障」が火災の原因と認定した。故障を起こしたのは、電気信号で空気供給を調節するためのソレノイドバルブ(電気電磁弁)が「間違って(incorrectly-fitted)」装着されていたため、同船のガス燃料ユニットの通気管から火が短時間の伝播を誘発した(the failure of an incorrectly-fitted electrical solenoid valve led to the brief propagation of flame from a liquified hydrogen carrier gas combustion unit’s vent stack)」と指摘した。

 

 ATSBの調査によると、故障を起こしたGCUは、ドイツのSaacke(ザーケ)社製。通常、同社がLNGタンカー向けに提供するGCUモデルでは、4機の独立した空調ファンを設備する。「すいそ ふろんてぃあ」はLNGより小型で甲板スペースが限られるので、ザーケは同船用に空調ファンを2機とした特注のGCUを提供していたという。

 

「間違って」付けられていた直流用のバルブ
「間違って」付けられていた直流用のソレノイドバルブ

 

 GCUには空調の風量を調整する電動式の「ダンパアクチュエータ」(ボイラーや送風機などの設備のこと)が装備されるが、そのアクチュエータを設置する際、24Vの直流(DC)のソレノイドバルブが使われていた(上の写真)。ところが、発電機制御ユニットからの電流は交流(AC)の230Vなので、電気の流れが不整合となり、「ショート」したとみられる。ATSBは、アクチュエータの設置に直流用のバルブを「間違って使用した」ことを原因と指摘している。

 

  火災発生時に、甲板にいた乗組員の証言として、「黄色い火炎が船のデッキにあるガス燃焼ユニットの通気管から短時間流れ出た」との指摘も掲載した。火炎の「黄色」は、水素ガス燃焼の特徴でもある。事故当初、現地報道では、他の揮発性ガスがタンクに残っていた可能性も指摘されたが、今回の調査では同船が搭載した水素の一部が漏れたことが明確になった。

 

 ATSBのチーフコミッショナーのアンガス・ミッチェル(Angus Mitchell)氏は「ソレノイドバルブの一つが不具合を起こしたことで、密閉状態で稼働していたダンパアクチュエータに放電が生じ、その結果、GCU内部の温度が上昇、GCUの通気管から火が噴き出た」と説明している。ソレノイドバルブが不適切に使用されていたことに加えて、GCUには、バルブの不具合をチェックするシステムが装備されていなかったほか、(非常時に)ダンパーを閉じる設備もなかったとしている。

 

 GCUを設計・製造したザーケ社からの聞き取り内容も報告されている。同社は、船にはダンパの位置をモニターするため、各空調に金属や樹脂の躯体にマイクロスイッチを組み込んだ「リミットスイッチ(電気スイッチ)」を設置し、不具合を検知した場合にユニットを停止させるプログラミングを導入していたと説明している。しかし、そうした機能が作動しなかったようだ。

 

岸田首相を迎えて華々しく「事業成功」の記念式典を開いた。2022年4月、神戸港
岸田首相を来賓に迎えて、華々しく「事業完遂」の記念式典を開いた。2022年4月9日、神戸港で

 

 調査結果から、火災の原因は、直流のソレノイドバルブと交流の発電機制御ユニットをつないでしまったという人為による「初歩的ミス」といえる。同船を含め、最近の船舶はほとんどが自動制御のため、一度、設備が船体内に設置されてしまうと、外部からは設置した設備の不具合な要因を把握しづらい点があることも今回の「事故」で浮き上がったといえる。

 

 問題は、こうした火災を引き起こしながら、「すいそ ふろんてぃあ」を運営するHySTRAは、同船を事故後、2月5日に日本に戻ってからも事故の事実を公表せず、同年4月に、神戸港で岸田文雄首相を来賓として迎えて「日豪サプライチェーン完遂記念式典」を開いた1か月後の5月6日になって、ようやく公表した。事故から3カ月半かかった。https://rief-jp.org/ct8/124154

 

 この間、開いた式典で岸田首相は「エネルギーの安定調達と脱炭素化には水素社会の構築が大きなカギになる」と述べ、同船を建造した川崎重工の橋本社長は「水素の大規模輸送に向け、設備の大型化や商用化など早期実現に尽力したい」と述べたという。2人とも、火災には一切言及せず、水素の火災リスクについても触れなかった。

 

 同船はその後、昨年中に、日本航海学会等が主催する「シップ・オブ・ザ・イヤー2021」の栄誉を授賞したほか、日本産業技術大賞では最高位の内閣総理大臣賞も授賞している。日本の技術の粋を体現した「水素エネルギー時代の象徴」と、政府を含め、官民がこぞってアピールしてきたわけだ。https://rief-jp.org/ct10/124490

 

 火災事故の重大性の矮小化だけではない。同船が持ち帰った液化水素の約3分の2は、公表されている「褐炭」から製造したものではなく、現地のガス会社が製造した天然ガス由来の水素とみられることも現地では指摘されている。これについての説明も日本では一切、なされていない。https://rief-jp.org/ct10/124490

 

 「シップ・オブ・ザ・イヤー」の船が、直流と交流を間違ってつないで火災を引き起こすという「小学生レベル」の事故を起こし、積み荷は通常の天然ガス由来の水素が大半なのに、日本国内では、「素晴らしい」「素晴らしい」と自画自賛を繰り返してきたことになる。

                        (藤井良広)

(同記事は2023年3月8日午後12時13分、一部修正、更新しました)

https://www.atsb.gov.au/publications/investigation_reports/2022/mair/mo-2022-001

https://www.atsb.gov.au/sites/default/files/2023-02/MO-2022-001%20Final%20report.pdf

https://www.offshore-energy.biz/investigation-reveals-cause-of-fire-incident-on-worlds-1st-lh2-carrier-suiso-frontier/