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南米ベネズエラに残っていた最後の氷河が「消失」。標高5000m級山脈にあったが、気温上昇で融解が進行、「氷河」から「氷原」に変更。近代で国内の氷河をすべて失った初の国に(RIEF)

2024-05-09 00:46:14

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写真は、ベネズエラ最後のフンボルト氷河(2019年時点)=Guardianから)

 南米ベネズエラに残っていた同国最後の氷河が消失したことがわかった。同国はカリブ海に面した赤道直下の国だが、国内には標高5000m級の山を抱えるシェラネバダ・デ・メリダ山脈があり、6つの氷河が知られていた。このうち5つは2011年までに消滅。残り一つのフンボルト氷河(別名、ラ・コロナ)が存続していたが、最近の調査によると、予想より早く融解が進んで縮小、「氷河」から「氷原」に分類変更された。これによりベネズエラは、近代において氷河をすべて失った初めての国、になったという。

 気候変動の最大の要因である化石燃料エネルギーからの迅速な転換が求められている。しかし各国の政策は、石炭・ガス火力発電を維持しながら、アンモニア混焼で延命を図るという日本政府のGX政策のように、「目先をかわす」ような政策展開で時間の無駄遣いを重ねるだけの国が少なくない。その間、人類の経済活動が招いた気候変動は着実に深化し、後戻りできない方向にあることは明確だ。その一例が「ベネズエラの氷河消失」といえる。

 ベネズエラのメリダ山脈は最高峰のボリバル山が海抜4978mと5000m級。富士山より1200mも高い。これまで同山脈にあった氷河は、気候変動の影響で次第に消滅し、同国で二番目に高いピコ・フンボルト山に近いフンボルト氷河(別名ラ・コロナ)だけが残っていた。それまでの科学者の調査で、同氷河は少なくとも、あと10年は持続すると予測されていた。

㊧図はアンデス山脈から連なるメリダ山脈の北部にあるフンボルト氷河。㊨図はベネズエラ国内の同山脈中での氷河の位置

㊧図はアンデス山脈から連なるメリダ山脈の北部にあるフンボルト氷河(□の囲い)。㊨図はベネズエラ国内の同山脈中での氷河の位置(赤い囲い)。Lynn M.Resleらの研究論文から



 同氷河の定期観測は、同国の政治的混乱や新型コロナ感染拡大の影響等で、この数年間は十分な調査ができない状況にあった。研究者たちが2019年の調査から4年の期間をおいて、2023年12月に現地調査を実施したところ、氷河の面積は2㌶ほど減少していることが確認された。

 同氷河は氷の堆積帯がなく、表面積が細っている状態で、研究者のアンデスの気候変動適応プログラムAdaptation at Altitudeの生態学者、ルイス・ダニエル・ランビ氏は「フンボルトの氷河には堆積帯がなく、現在は表面積が減少しているだけで、堆積や膨張のダイナミックさはない」と指摘。「氷河らしさ」をすっかり失っていたとした。

 
 同氷河の消失には人類の経済活動によるCO2増加による気候変動の影響が大きいが、近接する東太平洋の赤道付近で発生したエルニーニョの影響も重なったとみられる。ベネズエラのアンデス地域では、月平均気温が1991年から2020年の平均気温よりも、3℃~4℃も上回る月がある。これは熱帯の緯度地域で例外的な気温上昇に見舞われていることを意味する。

上から(a) La Corona glacier, then covering Humboldt and Bonpland peaks, seen from Pico Espejo in 1910 (Jahn Citation1925); (b) northwest face of Bolívar peak in 1910 (Jahn Citation1925); (c) southwest face of Bolívar peak in 1922 (Blumenthal 1922); (d) south face of Bolívar in 1922 (Blumenthal, 1922); (e) west side of La Concha seen from Bolívar (Blumenthal 1922); (f) La Corona glacier from Pico Espejo in 2013; and (g) northwest face of Bolívar in 2020 .同上研究論文から
消失したベネズエラの6つの氷河があった山の周辺。上から(a) La Corona glacier, then covering Humboldt and Bonpland peaks, seen from Pico Espejo in 1910 (Jahn Citation1925); (b) northwest face of Bolívar peak in 1910 (Jahn Citation1925); (c) southwest face of Bolívar peak in 1922 (Blumenthal 1922); (d) south face of Bolívar in 1922 (Blumenthal, 1922); (e) west side of La Concha seen from Bolívar (Blumenthal 1922); (f) La Corona glacier from Pico Espejo in 2013; and (g) northwest face of Bolívar in 2020 .同上研究論文から


 メリダ山脈は、コロンビアのオリエンタル山脈、さらにその先のアンデス山脈につながる南米の背骨の一端にある。研究者たちは、フンボルト氷河の消失に続いて、コロンビアからエクアドルにかけてのオリエンタル山脈、さらにペルー、ボリビアのアンデス山脈の氷河に影響が波及する始まり、との見方をしている。

 ランビ氏は「氷河消失は、わが国にとって非常に悲しい記録であると同時に、気候変動の影響の現実性と即時性を伝えるだけでなく、極限条件下での生命の植民地化と気候変動が高山の生態系にもたらす変化を研究する機会を提供する、わが国の歴史においてユニークな瞬間でもある」と評価している。



 ベネズエラ政府は、フンボルト氷河を守るため、氷河に保温ブランケットを設置するなどの措置を講じた。欧州のアルプスでも同様に氷河を人工のブランケットで覆って、溶融を防止する取り組みをしている。だが、そうした措置は、抜本的な保全策には程遠く、専門家は「無駄な行為」と指摘している。



 英国ダラム大学( Durham University)の氷河学者のキャロライン・クレイソン助教授は、「ラ・コロナが失われたことは、氷そのものが失われたことを意味するだけでなく、ユニークな微生物の生息地から重要な文化的価値を持つ環境まで、氷河が提供する多くの生態系サービスが失われたことを意味する」と語った。



 ただ、ベネズエラの氷河は、同地域の水供給においては限られた役割しか果たしておらず、氷河の消滅による生活環境への直接的な影響は限られている。この点で、アンデスの氷河がペルーなどのコミュニティに及ぼす影響とは異なる。しかし、クレイソン助教授は「同氷河は、この地域の文化的アイデンティティの一部であり、登山や観光活動に影響を与える。ベネズエラがすべての氷河を失ったことは、気候変動が続く下で、地球上の氷河がどのように変化していくかを象徴している」と述べている。

 気候学者で気象史家でもあるマキシミリアーノ・エレーラ氏は「他の国々は小氷河期が終わった後、数十年前に氷河を失った。ベネズエラは間違いなく現代で最初に氷河を失った国だ。次に氷河がなくなるのは、インドネシア、メキシコ、スロベニアだろう」と指摘している。インドネシアのパプア島とメキシコはここ数ヶ月で記録的な高温に見舞われており、氷河の後退を加速させているとみられている。

https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/15230430.2020.1822728

https://www.theguardian.com/environment/article/2024/may/08/venezuela-loses-its-last-glacier-as-it-shrinks-down-to-an-ice-field