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日本はなぜ環境後進国になったのか?~ 「温暖化対策の優等生」という神話が、いまだに信じられているワケ~(明日香寿仙)

2020-03-03 18:00:35

asuka1キャプチャ

 

 日本の温暖化対策に対する国際社会の評価は、多くの日本人の直感(思い込み)に反して、極めて低い。ここでは、その事実を紹介しつつ、理由についても考える。

 

写真は、日本の温暖化対策を批判するNGOメンバー。石炭火力発電所はその象徴だ=2019年12月、スペイン・マドリード)

 

下から数えた方が速い

 

 ジャーマン・ウォッチというドイツのシンクタンクが、毎年、14の指標に基づいた世界主要排出国約60カ国温暖化対策パフォーマンスのランキングを公表している。

 

 そこでの日本の順位は、下から数えた方がはるかに速い。具体的には、2020年は下から11番目、2019年は下から12番目、2018年は下から11番目、2017年は下から2番目であった(この時の最下位はサウジアラビア)。

 

 他にもいくつかのシンクタンクが温暖化対策数値目標のランキングを出しているが、それらも日本は低い評価である。東日本大震災の前も後も変わらない。かつて筆者は、国際政治分野のアカデミックな論文で、米国、ロシア、オーストラリア、日本の4カ国を「気候変動交渉でのギャング・オブ・フォー(四人組)」と表現しているのを見たことがある。

 

 昨年(2019年)12月のスペイン・マドリードで国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)でも日本は批判された。

 

 例えば、会期終盤の12月11日、環境NGOの国際的な連合体であるCAN Internationalが開いた記者会見で、「どの国が目標引き上げの議論に消極的か?」という質問に、壇上のパネリストが「オーストラリア、米国、日本」「いつものメンツ(usual suspects)」と答えた。同様の発言は、他の場所で他のNGOからも聞かれた。

 

日本での温暖化問題の「軽さ」

 

 日本では、「もったいない」「エコ」「地球にやさしい」「クールビズ」といったような言葉は氾濫(はんらん)している。最近では「SDGs」や「ESG」という言葉もよく聞く。しかし、すべて「軽い言葉」であり、多くの人は、温暖化問題に対する責任は感じていない。

 

 こうなった理由の大きな一つは、「日本は温暖化対策の優等生」という神話を、政府や産業界が流し続けたことがある。また、「日本の優れた革新的技術やイノベーションで解決する」という技術神話も、繰り返し流された。それゆえに、「これ以上の温暖化対策は不要」「米国や中国がやれば良い」「技術が何とかする(技術で何とかすれば良い)」と多くの日本人が考えている。

 

温暖化は社会正義の問題

 

 一方、国際社会では、「温暖化問題は、社会正義、特に貧困、格差、人権、雇用、差別、南北問題などの問題そのものであり、社会システム全体の大きな変革を必要とする、極めて政治的な問題」と捉える認識がますます強くなっている。

 

なぜ、日本は不名誉な化石賞を授賞し続けるのか。コメントする小泉進次郎環境相=2019年12月、マドリード、松尾一郎撮影
なぜ、日本は不名誉な化石賞を授賞し続けるのか。コメントする小泉進次郎環境相=2019年12月、マドリード、松尾一郎撮影

 

 化石燃料会社、1%の富裕層、先進国および途上国の政治的支配層、ウォール・ストリート、ネオ・リベラル主義者、新植民地主義者、白人至上主義者、先住民やマイノリティーや難民を虐げる人々、人権を踏みにじる人々、そして温暖化対策に反対する人々は、みな同じであり、財産や命を奪うという意味では略奪者あるいは殺人者であり、彼らに対抗し、社会システムを変革することこそが正義だと考える。すなわち、根本的に認識が違う。

 

日本のメディアも問題

 

 こうなってしまったのには、メディアにも責任がある。COP25終了直後の2019年12月17日の朝日新聞の社説「気候変動会議:これでは未来が危ない」を例に取り上げたい。朝日新聞は、相対的には温暖化問題に極めて積極的な新聞社である。しかし、この社説の中には、下記のようにミスリーディングな記述が二つあった。

 

 第一は、「特に責任が重いのは中国、米国、インド、ロシアなどの主要排出国だ」という記述である。

 

 この文章を読んで、どれだけの人が、「日本も主要排出国では?」と思っただろうか? おそらく圧倒的に少数であり、社説を書いた記者も「日本は主要排出国」という認識が薄いから日本を入れなかったと思われる。しかし、日本は世界第5位の主要排出国であり、国際社会は「日本は主要排出国で、大排出国で、かつ温暖化対策に極めて消極的な国」と認識しているのである。

 

 そもそも国全体の排出量総量は、国の責任を示す様々な指標のうちの一つに過ぎない(人口が多ければ排出量が多いのは当然である)。各国の温暖化対策のパフォーマンスを公平に評価するためには、多くの指標を定性的・定量的に考慮する必要があり、それをしたのが前述のドイツのシンクタンクによるランキングなのである。

 

省エネや再エネに対する誤解

 

 第二は、「どんなに省エネや再エネの拡大に努めても、石炭火力を使い続ける限り、温暖化対策を真剣に考えていないと見られてしまう。それが世界の潮流である」という記述である。

 

 これは、まるで日本が「省エネや再エネの拡大に努めている」ように聞こえる。それは事実に反するものであり、根本的な誤解とも言える。「省エネや再エネの拡大に努めていないからこそ、石炭火力などに頼らざるを得ない」というのが日本の実情であり、正しい理解である。

 

 すなわち、前者は「中国や米国などがやればよい」、後者は「日本は再エネや省エネを一生懸命やっている。石炭はダメだから、原発に頼るしかない」というような議論を助長し、結果的に世論をミスリードする可能性がある。

 

個人に責任を転嫁する政府と企業

 

 繰り返すが、日本では、「もったいない」「自分が変わる」「やれることからやる」などの個人の努力に訴える日本特有のフワッとしたスローガンの浸透が、より本質的な問題に目を閉ざさせている。

 

 政府や企業による責任転嫁あるいは目くらましとも言え、これらに対して最近ではグリーン・ウォッシュ(Green Wash:緑の洗脳)という言葉も使われる。

 

 

グレタ・トゥンベリさんは日本が環境後進国であることを知っています=2019年12月、スペイン・マドリード、松尾一郎撮影
グレタ・トゥンベリさんは日本が環境後進国であることを知っています=2019年12月、スペイン・マドリード、松尾一郎撮影

 

 もちろん、個人的努力はやった方が良い。しかし、より重要なのは、日本の温室効果ガス排出の半分以上を占める六つの産業(発電、鉄鋼、セメント、製油、化学、製紙)の排出量を、確実に大幅に抑制するような施策を政府が実施することである。

 

 また、原発や石炭火力を経営資産とする大手電力会社による再エネ・省エネ拡充阻止の動きを、政治的に阻止することや、自動車会社に対する規制も必要不可欠である(自動車業界は炭素税などの効果的な温暖化対策に対して常に反対してきた)。

 

 多くの人は認識していないものの、前出の六つのCO2大排出産業の日本経済に対する貢献度は、現時点でもそれほど大きくない。例えばGDP寄与率も、雇用数も、日本全体の1%以下になっている。すなわち、日本でも、産業構造の転換はすでに起きている。

 

 化石燃料産出国ではない日本にとって、再エネ・省エネを中心とするエネルギー転換は、日本国民や企業が、産油国や化石燃料会社に貢いでいる年間約20兆円の多くの部分を国内で回すことになり、日本経済全体にとって必ずプラスになる。

 

政策決定システムの改革が必要

 

 CO2大排出産業の政治的影響力は、いまだに大きい(経済界は旧態依然である)。彼らの政治的影響力を排除するような政策決定システムや、社会システム全体の改革が不可欠なのである。

 

 しかし残念ながら、ミスリーディングな言説があふれているのもあって、温暖化問題の文脈でそのようなことまで考える一般市民は少ない。多くの政治家は重い腰を上げず、CO2大排出産業を支持基盤とする政治家(与党にも野党にもいる)は、声高に温暖化対策に反対する。それが日本の残念な実情である。

https://webronza.asahi.com/science/articles/2020021700003.html?page=3

 

本稿は 朝日新聞の『論座』の掲載記事(2020年2月22日付)を、著者の了解を得て転載しました。

 

 明日香 寿川(あすか じゅせん)  東北大学東北アジア研究センター中国研究分野教授兼同大環境科学研究科環境科学政策論教授、 元地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任著書に、『クライメート・ジャスティス:温暖化と国際交渉の政治・経済・哲学』(日本評論社、2015年など。